「やねしん」のさろん

Le soleil brille pour tout le monde, chacun a le droit d'etre heureux.

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やね日記

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2002-07-29 (Mon)

▼広く市民の知恵を汲み上げるのが、

★民主主義ではなかったですか?

 ここ立て続けに、えらく重い文章ばかり書いていますが、
 たまにはと言う事で、どうぞご容赦下さい。

 今朝の日経の社説「存在感薄き民主党にあえて苦言を呈す」という題で、本来、野党第一党として重要な責任を負うべき民主党に対して痛烈な弾劾とも言うべき批判を列挙していました。

 冒頭の文章、「民主党はいま、どこにいるのか。いったい何をしているのか。声も聞こえなければ、影も見えない」
 蓋(けだ)し名言だと思います。
 我々国民に必要なのは、優れた反証をもって政権党と政策論議をする野党であって、ただ単に政権党に反対するだけの怠惰な存在ではないからです。

 以前に私は、別に小泉首相を全面的に支持しているわけではないとこの日記に書きました、それは今も変わっていません。
 改革というものは、国民全体あるいは国民の大多数に痛みをもたらすのが普通だと言うことも以前に書きました。
 では私が望むのは何でしょう?

 それは議論することです。
 議論とは、与党が数の論理で法案を通すから審議を欠席することや、内閣不信任案を出すだけというポーズをとることではありません。汚職や不正疑惑を追及に貴重な会期を費やしたり(それも大切な事ですが)、不用意な発言にいちゃもんをつけることでもないでしょう。
 国家を動かすための重要な施策・政策を様々な立場から国民に分かりやすいように話をすること、それこそが国会の議論と言うものではないかと思うのです。

 数で政策が決まるのなら、何も人はいらないはずです。
 極端な話、札だけ上げ下げすればすむことでしょう。
 問題はなぜ人が議員として座っているかです。

 議論するためでしょう、そうでは無いですか?

 もし、本気で小泉改革とぶつかる意志があるのなら、野党は小泉首相が色あせるほどの対案をぶつけて、全面的に戦うべきでしょう。
 そう言う覚悟がないのなら、とっとと過去の彼方へと去るべきですね。国民は国家の施策すら表明出来ない議員を許すほど寛容ではないでしょうから。

 とてもキツいことを書きましたが、要は今の野党が単に個々の施策への批判だけをする地位に甘んじる存在だけであって欲しくはないと私が思うからです。

 ここで冒頭の表題に戻ります。

 民主主義とは何でしょうか?
 それは広く市民の知恵を汲み上げるものだと私は思います。
 そして、多くの衆知を結集すればするほど輝きを増すもの。
 それこそが民主主義の存在意義であろうとも私は思うのです。

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