「やねしん」のさろん

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やね日記

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2001-10-02 (Tue)

▼無用の師(いくさ)

★先日のテロ事件の後、日に日に戦争への道をひた走っている印象を受けます。

 確かに人類の歴史上、戦争と言うものは絶えることがありませんでしたし、一時の平和な時代を築けたとしても、いわゆる恒久的な平和というものはこれまで実現したことがありませんでした。

 クラウゼヴィッツが戦争論で著した通り、戦争というのは政治(外交)の道具でありますし、これよりましな手段を今までに人類が見つけられていない以上、政治の道具としての戦争行為は断続的に各地で発生し続けるでしょう。
 ですが、私は戦争行為というものは、政治・外交における失敗の結果でしかなく、まさにその失敗を糊塗するだけの道具でしかないと考えています。
 特に無用の師(いくさ)は、単なる軽薄な政治目的以外に何ら意義を持たないばかりであるか、人々に無用の苦痛を与えるものでしかないと思います。

 今、非常に憂えているのが、攻撃の目的が対テロリストから対イスラム原理主義勢力、そして拡大解釈して対イスラム勢力へと攻撃の対象が微妙に変わってきている点です。さらにアフガニスタンの(アメリカの主観に基づく)解放という目的も加わり、ますます収拾がつかない方向へと向かっているような気がしてなりません。

 戦うのは(この場合、必ずしも武力を用いるという狭い意味ではありません)テロリズムに対してであり、決してイスラム勢力では無いということを我々は今一度確認すべきです。もしここで思い違いをやってしまうと、我が国はこれまで脈々と築き上げてきた中東諸国との繋がりを一挙に失う可能性があります。こう言うときだからこそ冷静な対応が求められると思います。

 血を流さずに貢献するのは恥ずべきことであるという論調が最近特に目立ってきています。しかし、血を流すことだけが貢献することだという考え方も間違っていると私は思います。政治家として真に尊敬出来る人物とは、無用な流血を回避できる人物のことであり、ただ味方の流血を強いる政治家は三流の烙印を押されても仕方が無いと思います。

 私は欲張りなので、血を流さずに問題が解決出来ることを強く望んでいます。
 しかしこのような考え方というのは、本当に平和ボケであり幻想でしかないのでしょうかねえ。

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