カテゴリー「紀行文」の記事を表示しています

★さて、いよいよ舞台は木崎湖へ。
大町市の北部にある木崎湖は、仁科三湖と総称される三つの湖の中で一番南端にある湖で(他に青木湖と中綱湖とがあります)、ワカサギ釣りやウィンドサーフィン、キャンプなどのレジャーで賑わう、別名「遊びの木崎湖」と呼ばれているそうです。
最初は車で湖を周回しようと思っていたのですが、湖の周囲が7キロ程度だと聞いたので、結局は現地で自転車を借りることにしました。
で、旅館の人にレンタサイクルが出来る所を尋ねてみると、どうやらあの星湖亭で借りれるという話だったので、早速行ってみました。


★おねてぃ&おねつーファンにはお馴染みの星湖(せいこ)亭。
隣接する公園にはおねつーのオープニングで出てきた遊具類やベンチが当然ながらあって、思わず写真に収めてしまいました。
で、星湖亭のご主人に自転車を貸してもらったのですが、今日はどうやらラリーがあるそうで山の方の道は立入禁止だと言われてしまいました。
湖の全景を撮りたかったのですが、残念です。


★で、まずは早速自転車で信濃木崎駅へ。
おねつーの第1話を見てわかってたつもりだったのですが、あまりの小ささにびっくりしました。
そして、同じくおねつー第1話で樺恋が寝ていた待合室。
IRC#dameTunesで、樺恋と同じことをしてみろとそそのかされたりしたのですが、さすがにイタイ写真が出来上がるのは火を見るより明らかだったので、当然ながら自粛。
そして、待合室でチャットに興じていると、列車の遅れのアナウンスが流れてきました。
どうやら信濃大町駅からの放送のようで、無人駅に対する配慮を感じさせられました。


★続いて、千国街道を大糸線沿いに北上して稲尾駅へ。
深衣奈と樺恋が雨宿りをした駅ですね。
駅から湖までは少し距離があり、その間には田畑が広がってました。
ホームの松本側はおねつーの第4話やエンディングでも出ていましたね。


★さらに北上して海ノ口駅に向かう途中で、おねてぃやおねつーに出てきたっぽい踏切や縁川商店のモデルらしきコンビニを発見。
当たり前な印象ですが、本当にまんまですね。
作品中に使うことに対するスタッフのこだわりが感じられました。



★そして、いよいよ海ノ口駅へ。
果たして、新聞記事にも載っていたノートや奉納された品々がおかれていました。
ただ、記事の写真にあった物の幾つかが無くなっていたので不思議に思っていると、待合室内に「一部の心無い人たちが……」というような文言の張り紙を見つけて納得。
確かにね。
人が大切にしている物を台なしにすることでしか自分を表現出来ない暗くて哀れな輩は、いつの時代、どんな場所でもいますからね。
そんな輩がごく僅かなのが、せめてもの救いですけどね。


★ここから、大糸線と千国街道に別れを告げて、湖の北側へと自転車を向けました。
この辺りも延々と田畑風景が続いていて、作品のイメージと重ねて結構楽しむことが出来ました。
そして更に湖の西側を走ったのですが、道のアップダウンが激しくて、ママチャリでは思ったよりしんどかったです。
ま、自転車で長距離を走るのは慣れてましたから、途中で降りて自転車を押すという格好悪いことはせずに済みましたが。(汗)

★そして、海ノ口キャンプ場へ。
ここにみずほ先生が佇んでいた桟橋がありました。
そして、隣接するように、苺がおねつー第3話で「バードウォッチング」していた桟橋も。
ここで一瞬、みずほ先生の真似をしてみようかと思い…(以下略)。

★ところで、木崎湖も含め、千国街道沿いの三つの湖がまとめて仁科三湖と呼ばれているわけですが。
この仁科という名称は、この辺りの地域を指す言葉であると同時に、平安時代よりこの地に勢力を張った豪族であった仁科氏をも指していました。
仁科氏は古くより、重要な交通路であった千国街道の支配を通じて勢力を保持し、戦国期にはこの木崎湖の南側にあった森城を拠点に、信濃の有力な国人領主として、信濃の守護大名小笠原氏らと共に、甲斐の武田氏と対峙していました。
しかしながら、武田信玄が徐々に信濃に勢力を強めた結果、ついに武田氏の軍門に下り、時の当主盛政も永禄年間に信玄によって誅殺され(川中島にて戦死したとの異説もあり)、信玄の子五郎盛信が名跡を継いで、信玄の死後、高遠城主となりました。
しかし、その仁科氏も天正年間に武田氏の滅亡に先立って織田氏に攻め滅ぼされ、こうして地方名として名を留めるだけになってしまったわけです。
現在、仁科氏の居城であった森城は、仁科神社としてその縁(よすが)をとどめています。

★こうして、木崎湖を一周してきた訳ですが。
よくよく考えてみると、おねつーのオープニングに出てきた坂道を見つけていませんでした。
で、道端の地図を見て悩んでいると、バイクで来られてた同じ巡礼者に声を掛けられました。
そこで情報交換となり、よくよく聞いてみると、件の坂道はどうやら想像していた湖の西側ではなくて東側にあるという話だったので、早速現場へ。
で、ようやく見つけることが出来ました。
同じような坂道が二つあったので、両方を写真に収めたのですが、多分前者が正しいと思います。


★こんな感じで、その後も湖を何周もした後で再び星湖亭に戻り、昼食にしました。
亭内はおねてぃ&おねつースタッフの色紙やファンの奉納品などがいっぱいありました。
そして、お待ちかねのまりえカレー。
卵が乗っているのが、自由軒のカレーを彷彿とさせたのですが、それ程は辛くも無かったです。
そして、今度は車で湖を周回。
もう完全に地理を覚えてしまいましたよ。(汗)

★そして、最後にゆ〜ぷる木崎湖へ。
引き湯だとは聞いていたのですが、十分にリラックスすることが出来ました。
外が寒かったせいか、露天風呂はぬるかったですけどね。
そして、ようやく近くのコンビニで、おねつーの第1話で深衣奈が使ってた洗い場も見つけることが出来ました。

★そして、名残惜しかったですが、ついに木崎湖をあとに。
もう一つの主要なモデルが満載の軽井沢にはさすがに足を向けられず、時節も少しはずれた「巡礼」行でしたが、期待以上に楽しむことが出来ました。
こう言う旅の楽しみ方も私的には良いかなと思ったり。
次は、やはり旬の夏に行きたいですね。どうせなら、避暑も兼ねて軽井沢にも足を伸ばしたりとか。
旅を終えても、また次の旅の事に思いを巡らしてしまうのが救いがたいところですけどね。(笑)
★今回の旅行にあたって参考にさせて頂いたサイト
苺たんが一番!
キャラアニ.com内の木崎湖探訪写真集
DAIさん帝国内のおねがい☆ツインズ舞台探訪〜次回も巡礼ですの巻〜
| カテゴリー:紀行文 | コメント (0) |
トラックバック (0) |
|

★昨日の日記でも書きましたが、おねがい*ティーチャー&おねがい*ツインズの舞台のモデルとなった場所を訪ねるべく、一路長野県へと向かいました。
阪和道、近畿道、名神、中央道、長野道を乗り継いで行く、2府4県・全長約400キロのドライブ行。
朝の6時半に自宅を出たのですが、途中、木曽川で事故渋滞に巻き込まれたり、サービスエリアで飲み食いをしたりで、松本に到着したのは、13時を過ぎてました。
以下、何番煎じになるかわかりませんが(苦笑)、写真を交えて紀行文を書いてみようと思います。

★松本市到着。
長野県のほぼ中央部に位置し、高山への野麦街道や糸魚川への千国街道などが交差する交通の要衝として古くから栄えた松本は、サイトウ・キネン・フェスティバル松本などが開かれる文化の街としても有名ですね。
市街は都市らしく結構行き交う人も多かったのですが、少し離れると閑静な町並みが延々と続いていました。

★松本市でのおねてぃ&おねつー関連と言えば、言うまでもなくあがたの森公園と城山公園の二ヵ所なのですが、まずは歴史好きらしく松本城へ。
松本城は古くは深志城と言い、地元の豪族であった坂西氏の居城でしたが、東南の林城を拠点としていた守護大名小笠原氏が武田氏に逐われると、その地理的重要性に着目した武田信玄によって、信濃平定の拠点として整備されました。
その後主家を次々と変えて、やがて江戸時代を迎えるわけですが、信濃を逐われた後に徳川幕下として仕えていた旧守護家の小笠原秀政が故地へ入封されるに及んで、城名を松本城へと変更。
その後も信濃の枢要の地でありながら、主家が次々と変わっていったのですが、享保年間に戸田(松平)光慈が入封された後、ようやく城主家が安定し明治に至りました。
時間が無かったので、中に入ってじっくりと見るというわけにはいかなかったのですが、さすが国宝に指定されているだけあって、堂々とした風格を備えた天守閣が間近に見れただけでも良かったです。

★話が逸れましたが、本来の巡礼行へ。(笑)
順序としては松本城から近いと思ったので、先ずは城山公園の方を探索することに。
………が、城山の名の通り、本当に「山」でした。
と言うのは大げさかな?
小高い丘と言ったほうが良いかもしれません。
駐車する所に難儀するかなと車を市街に置いてきたのですが、後で激しく後悔したのは言うまでもありません。(汗)



★上の2枚の写真が、おねてぃのオープニングと第6話で楓が座っていた展望台。
次の2枚が展望台の上から松本市街を写したものです。
そして最後の2枚が公園内に点在していた四阿(あずまや)
作品のどこかで出てたような気がするのですが、単に気のせいかもしれませんね。
ピクニックに来ている何人かの親子連れ以外には人影もまばらで、非常に静かな所でした。

★そして、またまた後悔しながら、徒歩であがたの森公園へ。
県立木崎高校のモデルの旧制松本高校を見に行きました。
………が正面はまだ改修工事をやってました。
確か8月も工事をやってたような………と思って工事の看板を見てみると、17年の12月までが工事期間になってました。(汗)
当分はきちんとした正面部分は拝めないわけですね、残念です。



★が、中庭の方からは入れるようになってました。
中は文化会館として使われてるようですね。
隣接するように、池の上にこれまた四阿がありました。
これも作品に出てたような記憶が………、自信は無いですけどね。
四阿のベンチに腰掛けてみましたが、風情があってなかなか良かったです。
★もう少しいたかったのですが、時間も押し迫っていたので、一路木崎湖へ。
もともと松本到着が遅れに遅れた上に、徒歩で松本市内を歩き回って時間も食ったので、木崎湖に着いた頃にはさすがに夜もどっぷりと更けていました。
そんな訳で、木崎湖探訪は翌日に持ち越しです。
以下、翌日へ。
| カテゴリー:紀行文 | コメント (0) |
トラックバック (0) |
|
★明日から三連休。
で、今回はその内の土・日を利用して、以前、体調を崩して行けなかった松本・木崎湖へのドライブに出かけることにしました。
今回は体調もまずまずなので、前回のようにドタキャンになることは無いと思います。
★そんな訳で、出先のネット環境がよくわからないので、土・日と更新が遅れると思います。
つーか、毎日遅れてるやないかと言うツッコミが真っ先に入りそうですけどね。(汗)
では、行ってきます。
| カテゴリー:紀行文 | コメント (0) |
トラックバック (0) |
|
★先日、職場のテレビで新撰組や坂本龍馬の展示をやっているというニュースを見て、ずっと心の隅にひっかかっていたのですが。サイト巡りをしている内に京都国立博物館のサイトにぶつかりまして、何か無性に見に行きたくなってきた訳で………。

★つーわけで、早速やって来ました京都へ。
しかし、自宅から往復でも交通費が1500円程度で済むってのはいいですね〜。
まずは四条河原町から四条大橋へ。
(写真は四条大橋、対岸は先斗(ぽんと)町、そして真ん中は関西では知る人ぞ知るあのいづもやです(汗))

★で、そのまま七条通りに向かっても良かったのですが。
ちょっと思う所があって、逆の方向へと足を向けました。
目指すはこの三条大橋。

★ありました。
風雲児たちの愛読者にはお馴染み、高山彦九郎の御所望拝の像です。
ちなみに高山彦九郎についてですが。上野国(現群馬県)出身の江戸寛政年間の尊皇思想家で、林子平、蒲生君平らと共に「寛政の三奇人」と称されました。
彼の尊皇思想は後世、幕末の勤王志士にも多くの影響を与え、特に長州藩の兵学師範で、私塾・松下村塾を開いて数多くの志士を育てた吉田寅次郎にも多大なる影響を与えていたそうです。(彼の号「松陰」は、彦九郎の戒名である「松陰以白居士」からとったという説もあります)
ちなみに台座の題字を書いたのは、あの元帥海軍大将東郷平八郎。
戦前の彦九郎のヒーローぶりが偲ばれますね。

★そして、七条通の京都国立博物館へ。
戦災を免れた明治時代建築の本館が威容を誇っています。
で、早速入場券を購入しようとしたら、何故か券売機が止まっていました。
故障かな?と思い、やむを得ず入口で入場券を購入しようと入口へ行くと、なんと今日は無料観覧日だったそうで。
月の第二・第四土曜日は無料観覧日だそうで。
いやあ、ラッキーでした。

★で、ここ新館で行われてる新撰組と坂本龍馬の展示を見てきました。
さすがに撮影は禁止だったので、中の様子は撮影出来なかったんですが。
思ったより楽しかったです。
坂本家の系図とか(もちろんしっかり龍馬の名も書かれています)、龍馬直筆の手紙とか(結構な数が残ってたんですね)も見ることが出来ましたし。
そして、姉の乙女に宛てたあの有名な手紙「日本第一の人物、勝麟太郎という人に弟子になり日々かねて思い付く所を精といたしおり申し候」の現物を見ることも出来ました。
初めて龍馬の直筆を見たのですが、思ったより丸みを帯びた感じだったですね。
次に新撰組。
期待していた写真や絵は、有名な近藤勇や土方歳三のものぐらいしか無かったのですが。新撰組の主立った隊士たちの直筆の手紙を見ることが出来たので楽しかったです。
中でも近藤勇の直筆は思ったより達筆でした。
荒くれ者の新撰組を率いる局長というイメージから、どうしても蛮勇のイメージが先走る近藤勇ですが、やはり一廉の道場を束ねたりするだけはあって、武術以外にも教養も備えた人物だったようですね。
来年の大河は新撰組が題材だそうですが、少しだけ楽しみになってきました。
★今日は思った以上に収穫があった一日でした。
歴史を楽しむのは、歴史小説や史書でも十分に楽しむことは出来るのですが。
やはり、現在もなお残されている過去の貴重な遺産を直接見ることは、その楽しみを倍増させますね。
今回は時間をかけて行った甲斐がありました。
またこう言う機会があれば、喜んで行ってみたいですね。
| カテゴリー:紀行文 | コメント (0) |
トラックバック (0) |
|

★今まで紀伊山中を走ったことが無かったので、今回、熊野にドライブに行ってみることにしました。
まずは千早赤阪から御所市に入って、天誅組事件で名高い五條市へ、そこから熊野本宮大社がある本宮町へ向けて、西吉野村や十津川村、大塔村といった村々を走ることにしました。
途中、大塔村で通行止めに遭い、迂回路を走るはめになりましたが、何とか昼過ぎには本宮町に到着しました。
そして熊野本宮大社に参詣。
ここで初めて八咫鴉(ヤタガラス)の意匠を見たのですが、何となく漫画チックな感じがしましたね。(^_^;)
その後宝物殿を見学して、階下の茶店でもうで餅という和菓子を食べました。なかなかおいしかったです。(^_^)
そして再びドライブへ。
行きの通行止めに懲りたため、今度は田辺方面に向かって、そこから龍神・高野へと向かうルートをとりました。
ところがこれが大失敗。
当初は龍神温泉で湯につかり、高野山では少し散策しようと思っていたのですが、龍神温泉は車だらけで置く場もなし、高野山も盆参りでごったがえしていました。
冷静に考えれば、盆の時期なので予想が出来たはずなのですが、もう後の祭り、ただ車を走らせるだけに終始してしまいました。
おまけに高野山から橋本にかけては渋滞の嵐。それが所々で河内長野まで続いたので、もう散々でしたね。
毎度ドライブする時に思うのですが、実行する前に周到な準備をしないのが私の悪い癖ですね。(^_^;)
まあ、いい気分転換が出来ただけマシと言ったところでしょうか?
| カテゴリー:紀行文 | コメント (0) |
トラックバック (0) |
|
★愛知からは、実家に帰る友人の車に便乗してきました。
途中で降ろしてもらう所は、色々考えて、結局西名阪道の終わりの藤井寺にしてもらいました。そこからはまた電車に乗ってようやく自宅へと到着しました。
あとは………寝てましたね。
う〜ん、昔と比べると明らかに疲労感が増していますね。
昔はこれくらいで音を上げたりはしなかったのですが。(^_^;)
| カテゴリー:紀行文 | コメント (0) |
トラックバック (0) |
|
★電車の旅でした。
最初に、3・3・SUNフリーきっぷという、3日間南海・近鉄・名鉄の全線が乗り放題という切符を買っておいて、その上で特急券を購入したのですが、こういう長距離の電車の旅をするにはとても便利な切符ですね。随分得をしたと思います。
そして、朝一のアーバンライナーで名古屋に向かった後、そこから地下鉄に乗って、栄のナディアパークへと向かいました。そこでApple User Groups Summer Tour in Nagoyaを見物したわけなのですが、思ったより興味深いステージなどがあって楽しかったです。iPhotoの使い方も覚えましたし。(←覚えてなかったんかい(笑))
そしてその後、友人の待つ豊田市へと向かおうと思ったのですが、少し時間があったので、まだ行ったことのない徳川家康の岡崎に寄ろうと新名古屋から特急に乗りました。
ところが、慣れない電車に乗ったせいで、手前の新安城で立ち往生し、結局岡崎公園前に到着したのが午後2時、その後も岡崎城見物やら、豊田への近道だと思って乗った愛知環状鉄道がとんでもないローカル線だったりとかで、結局約束の時間より1時間も遅れる羽目になってしまいました。
その後、友人の案内で豊田市内を回ってから、結婚をひかえて引っ越しの真っ最中だった別の友人宅を襲撃、結局、その引っ越し中の友人宅に泊まってしまいました。
………なんか、とっても迷惑をかけたような気がするなあ。(_ _;)
| カテゴリー:紀行文 | コメント (0) |
トラックバック (0) |
|
★何とか仕事を片づけて、夏季休暇に突入!ってなことになりました。
とりあえずは、明日はあ〜ばんらいな〜で名古屋に行き、Apple User Groups Summer Tour in Nagoyaを見に行き、その後、大学時代の友人と合流して遊ぶ予定です。
久しぶりに電車でのんびりと旅行と洒落込むわけで、今から楽しみです。
| カテゴリー:紀行文 | コメント (0) |
トラックバック (0) |
|
★昨晩はホテルに泊まって、翌日です。
チェックアウトは正午だったので、朝のうちに荷物をまとめて友人たちと別れることにしました。
それから郡上に行って、某番組に出ていたハムでも買いに行こうかなとも考えたのですが、雨は降ってるし疲れてもいたので、そのまま自宅へ直行することにしました。
もと来た道をひたすら走り、途中、名阪の針という所に新しく出来ていた「道の駅」に立ち寄りました。店もたくさんあって、関と香芝の間で休憩を取るには絶好の場所だったです。
そして再び名阪国道に戻ると、今度は天理の手前で事故のために通行止めになっていました。ナビもわき道を表示していたので、渋滞に巻き込まれるのも何かと思って、国道からわき道へと出ました。
ところが、それはとんでもないミスでした。
道は表示されていましたが、実際に走っている道はけもの道同然の道で幅もギリギリ、アップダウンも激しいし、何か走れば走るほど道が狭くなっていくし(笑)………散々でした。
何とかまともな道に戻れましたが、よくもまあ脱輪や転落も無しに走りぬけれたと思います。
そんな事もありましたが、何とか無事に自宅に帰還しました。
で、その後は食事もそこそこに部屋で寝てしまい、気がついたら翌朝だったという次第です。
何か年々疲れがたまるようになってきましたね。
| カテゴリー:紀行文 | コメント (0) |
トラックバック (0) |
|
★今日は、友人の結婚式(の二次会)に参加するために、大垣までドライブをしました。
まあ、まともに高速を走ると非常にフトコロを直撃してしまうので、今回も名阪〜四日市〜関ヶ原〜大垣というかなりマニアックな道を走ったのですが。
しめて、二千円也。
二次会では、何人か音信不通になっていた大学時代の友人たちと久々に再会したりしました。
その中の一人が、某県警に勤務する現職の警察官だったのですが、知らない間に結構活躍していたという話を聞いてビックリしました。
でも、実際の勤務の話を聞いていると、警察官の仕事も本当に大変だと思いました。マスコミは興味本位で不祥事を書き立てますが、それにもめげずに市民の安全を護るために働いている多くの警察官の方々には本当に頭が下がりますね。(第三者の気楽な立場から批判を加えることは誰にも出来る事です。(_ _;))
ところで私ですが、その二次会の席で、赤や白やロゼ(全部やん)と言ったワイン(イタリアワインだったみたいですが)をデキャンターごとしこたま飲みまくったせいか、途中からの記憶が全然無いんですよね。
………良からぬ事をしてなければいいのですが。(爆)
| カテゴリー:紀行文 | コメント (0) |
トラックバック (0) |
|