カテゴリー「私見」の記事を表示しています
★日本をノマド(遊牧民)化せよ!
カトラー:katolerのマーケティング言論より。
網野史観が歴史学に与えた影響の最たるものは、歴史にも様々な視点があるということだろうと思います。
これは歴史に限らず、人の営み自体が様々な人の思惑によって繰り広げられるものですから、その人の営みに関わるそれぞれの学究分野にも言えることだろうと思います。
人の行動には唯一解が無いのだということを、しっかりと頭に入れておく必要はあるでしょう。
★で、そこで企業の話になるわけですが。
正社員での雇用や終身雇用制の維持などといった大企業目線での雇用政策を行なうのならば、行き着く先は企業の固定費の増大です。これでは中小企業はやっていけないでしょうし、労働市場も硬直化します。
固定費の増大によって破綻に追い込まれた事例としては、最近ではゼネラル・モータースを一番に挙げることが出来るでしょう。いくら従業員にとって居心地が良い企業であっても、破綻してしまっては意味がありません。
ここで必要になるのは、労働者が流動化するということを前提とした基盤の構築であろうと思います。
そのためには、企業にとって必要なスキルを学ぶ場の整備や働く意欲を持つ人への最低限の所得保障などをもっと進めていく必要があると思います。
ストックよりはフローの観点から政策を進める必要はあるのでは無いでしょうか?
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★「足利事件」捜査の元県警幹部ブログが炎上 「謝罪しろ」コメント殺到
ITmedia Newsより。
誤りを認めて真摯に反省するのは人としては当然だと思うのですが、一つの失敗という傷に塩を塗り込むような行為ってどうなのかなと思います。
一つのミスも許されないという立場に追い込まれた場合、よっぽど逆境に強い人でなければ、その失敗を隠し通そうとするでしょう。痛烈な罵倒の嵐の中でも平気でいられるタフな人は、そうそういるわけではありませんし。
人は弱いものだということは理解しておく必要はあると思います。
★ここで必要なのは、批判よりも検証であろうと思います。
何故、警察の捜査は冤罪の方向へと向かったのか?
何故、裁判所の判決も冤罪の方向へと向かったのか?
そして、当時のマスコミの報道や世論はどうだったのか?
これらを検証することの積み重ねによって、社会は少しでも過ちを犯さない方向へと進むのではないかと思います。
★人類社会は失敗を犯さない超人たちによって営まれているわけではありません。
ごくありふれた人間たちの集まりです。
また、地上の楽園やユートピアなどというものは与えられるものではありません。
ただ、人々の努力によって、ユートピアに近付くことは可能かもしれません。
その集団による叡智が、人間を人間たらしめているものだと、私は思うんですけどね。
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★厳罰化傾向とマスコミ報道 - 岡田克敏
六本木で働いていた元社長のアメブロ経由、アゴラより。
至極もっともなご意見だと思いましたので紹介させて頂きたいと思います。
事件報道は単なる勧善懲悪劇とはわけが違うのだということを、より多くの人に知ってもらいたいと思います。
刑罰の基準は社会により様々であり、絶対的な基準などありません。それぞれの社会が任意に決めるべきことです。しかし視聴率優先といったマスコミの営業政策から生まれた興味本位の報道によって、報復が正当化されて厳罰化が起き、その結果、社会から寛容さまでもが失われるのならば、ちょっと見過ごせない問題だと思います。
★岡田さんがこのように書かれている通り、寛容さが失われるのはとても問題だと私も思います。
私が恐れるのは、社会から寛容さが失われた結果として、我が国が再び全体主義的な社会になることです。
これは杞憂では無いと思います。
歴史上の事例としては、言うまでも無くワイマール共和制から第三帝国へと移行したドイツが上げられますが、我が国も、戦前は天皇陛下の主権の下と男子のみの普通選挙という制限はありましたが、議会政治の下で全体主義的な社会へと突入したことを忘れてはいけません。あの時に軍部を支持したのは、まぎれも無く当時の民衆であり、その民衆によって選ばれた議員たちでした。
全体主義的な社会へと容易に突入出来る危険性を、民主主義社会は秘めていることは忘れてはならないと思います。
そのためにはポピュリズムは排除される必要がありますし、マスコミもその危険性を考えながら報道する必要があると思います。
そのためには、一時的なセンセーショナルな報道だけでなく、犯罪の原因から事後の影響までを長期的な視点で報道する姿勢を見せて欲しいと思います。
民間企業なので、視聴率や発行部数競争を全面否定するつもりはありませんが、せめて社会的公器としての姿勢ぐらいは見せて欲しいと思います。
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★グーグル問題が日本の出版社につきつけた「絶版」の定義
ダイヤモンド・オンラインより。
もともとグーグル問題以前から、出版業界は非常に多くの課題を抱えていたように思います。
長年に亘って、法規制や著作権、業界慣行などによって様々な参入障壁が設けられていた業界ではありましたが、近年のインターネットの普及や市場の成熟化などによって、その構図が変わりつつあります。
そこで、マイケル・ポーター教授のファイブフォースモデルを利用して、個人的に出版業界を取り巻く競争要因を分析してみました。

★ファイブフォースモデルとは、ハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授が自著の「競争の戦略」の中で唱えた業界の構造分析を行なう手法で、5つの競争要因からなっています。
その5つの競争要因とは、「買い手の競争力」「売り手の競争力」「新規参入」「代替品・サービス」「業者間の競争」の5つで、これらの競争要因から業界全体の魅力度を分析します。
今回、私はそれらの競争要因の主体を上図のように定義させてもらいました。
それに基づいて、個人的に導いた競争要因は下図のようになります。

★こうして見てみると、グーグル問題以前から出版業界を取り巻く状況は既に厳しくなっていたことがよく分かります。
そして、この中でも特に重要だと私が考えるのは、「書籍の情報化」による出版業界の競争優位の低下であります。
これまで、出版業界を支えてきた競争優位の一つには、「紙による出版」というものがあったと考えます。
出版のための大量の製紙の調達、規模の経済性に支えられた低コストでの印刷や製本、そして、紙の書籍に特化した効率的な物流システム。これらのように、「書籍=紙の書籍」という前提に立った最適化された出版システムが、長い間の出版業界の優位性に繋がっていたように思います。
ところが、ブックオフなどによる大手中古書籍販売店の台頭や電子書籍の増加、そして今回のグーグルによる絶版書籍のフェアユース化などにより、新規の「紙による出版」が今まで以上に減少するのは想像に難くないと思います。
現に危機感を募らせているのは、当の出版業界よりも印刷業界の方だと思います。近年の大手印刷会社による大手書店への資本参加は、垂直統合による印刷需要の確保なども視野に入っているものと思われます。
★まあ、出版業界には、これまで築き上げてきたブランド力や著作権などによる法的保護の存在がありますので、すぐに凋落するとは考えられないのですが。
ですが、このままでは消え去って行く業界になるのは遠い日のことではないと思います。
グーグル問題は、出版業界に対して新たな競争要因を認識させる出来事だったと思います。
ですが、出版業界が抱える問題の本質は、もっと根が深いのではないかと私は思いますね。
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★ドラッカーが60年前に指摘したGM危機の本質
ダイヤモンド・オンラインより。
GMの連邦破産法第11条の適用申請を受けて、GMに関する様々な記事が出てきています。
その中でも個人的に興味を惹くのは、この記事のような「GMがいかにして破綻に追い込まれたのか?」という記事ですね。
私はあまり「企業の成功物語」というものには興味がありません。企業は「ゴーイング・コンソーン」と呼ばれるように事業の継続性が一番重要なのであって、一時的な成功そのものというのは企業の通過点にしか過ぎないと考えるからです。
まあ、そんな「企業の成功物語」から学べるものとすれば、「どのような条件で企業は成功するのか」というところだろうと思います。ただ、その視点から考えると逆もまた真なりなわけで、「どのような条件で企業は失敗するのか?」というのも学べますし、学ぶ必要があるのではないかと思うわけです。
そのように考えれば、「企業の失敗物語」というのも結構重要なものなのでは無いかと思います。
まあ、一般視聴者には受けは悪いでしょうけどね。
これから、GMに対するそのような検証が多く出て来る事を期待しています。
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★アニメのアスペクト比の話。
アニメーターさんねんめ日記blogより。
確かに両方のサイズに配慮をしたアニメの制作は、制作側にとっては負担以外の何物でもないかなと。
特にTBS系列の地上波アニメはサイドカットが基本のようですしね。
現にTBSから配信されたU局での放送もサイドカットですし。
まあ、コンテンツからの収益回収を増やしたいという事情があるのかもしれませんが、それならば、なぜBS-TBSでは普通のサイズで放送しているのかという疑問は沸いてきます。まあ、TBSの完全子会社で無いからかもしれませんけどね。
ただ、結果として、制作サイドには二重の負担を押し付ける一方で、視聴者に対しては両方の映像を差別無く供給しているわけで(遅れネットというハンデはあるにしても)、このダブルスタンダードぶりは何とかしないといけないんじゃないかと思うんですけどね。
まあ、そうは言っても、BS-TBSでサイドカットが始まったら、猛烈な非難の大合唱が起こるでしょうけどね。
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★ビジネスパーソンは『日本史A』で歴史視点を手に入れよう
日経ビジネスオンラインより。
最近は近現代史に特化した歴史科目も登場しているんですね。
まあ、古代からだらだらと勉強するよりは退屈しなくていいと思いますが。
特に近現代史は現代における再現性も高いので、現在の動向を読む力をつけることが可能だと思います。
例を挙げれば、南海泡沫事件と我が国のバブル崩壊、そしてリーマン・ショックですね。
人はなぜ過去から学ばずに失敗を繰り返すのか。このあたりの疑問から歴史を見てみるのもいいかもしれません。
★で、歴史の勉強と言えば。
私は歴史の勉強で年号や歴史用語を丸暗記するなんていう勉強をやったことがありません。
まあ、年号、特に西暦なんていうのは定規みたいなもので、まともに年号が試験問題に出て来ることは少なかったですし。それよりは、歴史上の事件の関連性や人物の繋がりなどを見ていく方がよっぽど頭にすんなり入ったなと後から思います。
だから、教科書よりは図説、場合によっては歴史小説を使って勉強をやっていました。
別に歴史はビジネスパーソンだけに有用な学問ではありません。人間が行動する動機や群集心理、様々な物事の見方などを学ぶのに歴史を利用するのは、一般の人々にとっても有意義なことだと思います。
理系・文系という視点で歴史を学ぶということを放棄しているとすれば、それはとてももったいないことだと思いますね。
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★OECD、日本のコメ減反見直しを勧告
J-CASTニュースより。
この勧告に対する、農林水産省の整合性のとれた反論が見物かと。
おそらくは使い古された「食料安全保障論」をまたまた前面に押し出すのでしょうが、その結果が今の我が国の農業の衰退という笑えない事態なわけですし。
まあ、保護された産業が衰退に向かうのは、歴史上の必然ですしねえ。
この辺で、発想を転換して改革を行わないと、食の安全保障が肝心の農家のパワーを落としているという矛盾に更に悩むことになるかもしれませんね。
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★情報流出5万人に各1万円支払い 三菱UFJ証券
asahi.comより。
総額でおよそ5億円ですか。
今回の事件で明らかになったのは、管理職への情報集中が必ずしも個人情報のセキュリティを担保するものではないということであったと思います。
どれほどアクセス権を集中させたとしても、究極的にセキュリティを担保するのは組織の構成員個々人の倫理観であろうと思います。どれほど経営の中枢に携わる上位者であっても倫理観に欠けていれば、今回の事件を引き起こした元管理職と同じ過ちが繰り返されるのは無いかと思いますね。
三菱UFJ証券における個人情報へのアクセス管理がどのようになされていたかは詳しくは分かりませんが、おそらくは属物的なセキュリティにも限度があることぐらいは容易に推測出来るだろうと思います。
★まあ個人的には、個人情報保護法に代表される、情報を活用する側への規制という現在の国の方針自体に疑問を持っているんですけどね。
本来、情報の漏洩が発生するのは、その情報を悪用する人間が存在するからであるわけで。
それならば、悪用する側への刑事・民事双方からの制裁的規定を定める方がよっぽど効率がいいと思うんですけどね。
今のままでは、情報の円滑な活用にとっては、障害以外の何物でもないような気がするんですけどねえ。
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★新聞は一度、バカと言われる側に回ってみてはどうだろうか?
Business Media 誠より。
おそらく、今のマスコミに所属する人たちに共通する感情は、情報の独占に代表されるマスコミの優位性が失われつつあることへの恐怖感であろうかなと思います。
別にマスコミに限らず、全ての企業は優位性を持たないと利益を上げ続けるのは難しいわけですが、とりわけマスコミは新聞〜ラジオ〜テレビと媒体を変えながらその優位性を維持してきました。
ただ、その長年に亘る優位性は、未来永劫に続くものだという錯覚を生んでしまったのではないかと思います。
★そこから第四の権力などという発想が生まれたのかもしれません。
ただ、権力と呼ばれるからには、批判を甘受する必要があります。
ですが、マスコミにそのような姿勢があったかと言えば、それは甚だ疑問ですね。
少なくとも、批判に対して反論こそすれ、反省をしたという話が寡聞にしてほとんど聞いたことが無いのは私だけでしょうかねえ?
インターネットの普及以前に、この辺りにマスコミがこれから社会の中で生きていく鍵があるのではないかと思いました。
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