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★それまでに流されるであろう血と涙に、かけるべき言葉が見つかりません。
彼の政権に政治を遂行する理念などは無いでしょう。あるのは、既得権を汲々として守ろうとする醜い姿と権力の座から転落するのを恐怖する浅ましい姿でしかありません。
それは、困窮する国内経済を尻目に建設を進めている新首都ネーピードーという命名からしても明らかだと思います。(ネーピードーは現地の言葉で「王都」を意味します)
★国民を抑圧する政権、しかも軍事政権がやがて醜く崩壊するのはこれまでの歴史から見ても明らかなのですが、それが長続きする事例があるのは、周辺諸国の思惑とその政権の利害が一致している場合です。
そこで、我が国の政財界に問いたいですね。人道的な支援と称して未だに軍事政権が実行支配する国家に支援を行なうのが本当に正しい道なのでしょうか?
確かに支援を止めれば今以上にミャンマーの国民は困窮するかもしれません。ですが、支援が軍事政権の延命を支えているとすれば、その延命が本当にミャンマー国民にとって良い事なのかどうかを考えてほしいと思います。
理想論なのかもしれませんが、本来、国の政策、特に外交政策は理想を持って遂行しなければ諸外国の嘲笑を買うだけなのでは無いかと思います。
ここは我が国の政府の「良識」に期待したいと思います。
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★10月号の編集後記で阿部氏も述べていますが、我が国でも一貫した政策を遂行するために時には権謀術数を弄する事も辞さないような悪党が宰相に就くのは確かに望まれます。
………が、現状ではそのような政治家が育っていないのも事実ですけどね。
小手先の権謀術数を弄する事が主目的になって、後から理由付けとして政策を持ってくるような小悪党はたくさんいそうですけどね。
★で、この編集後記でも触れられている中国の覇道主義の傾向ですが。
まあ、軍事に限って見れば、軍の肥大化は対外的な覇道主義というよりは、国内の統一を維持するために向けられているような気はします。歴史的に中国は何度も小国分立が続いた事もありますし、多くの民族、あまりにも違う地方ごとの文化、そして地域経済の格差、これらが中国のアキレス腱となっている以上、それらを何とか軍事的な力で抑えようとしているのでは無いかと思うんですけどね。
まあ、そういう理由であっても極めて危険な傾向なので、せめて中庸で穏健な方向で民主化が進んでもらえればいいのですが。
一党独裁の建前が続いている以上、当分は絶望的かもしれませんね。
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★今日のその時歴史が動いたは、「冷戦の壁を破ろうとした男」と題して、あの石橋湛山元総理を焦点にあてたお話がなされていました。
以前から書いていますが、個人的に我が国一流の政治家だと考えていた石橋氏が取り上げられていたので、もう食い入るように見ていました。
氏が政治家として偉大だったのは、もちろん、「戦前から」植民地を放棄して貿易立国として生きるのが我が国の道であると説いたこと、そして、戦後も占領国たるアメリカと是々非々の立場で相対したり、冷戦体制に異を唱えて善隣外交を推進したりと、その、時には早過ぎるぐらいだった先見性にもあるのですが。何よりも、どんなに政治的、精神的、そして暴力的な圧力を加えられても、敢然としてご自身の意見を変えなかったその勁さにあると思っています。
★これは別に政治家だけには限りません。
私は、このような日記を書くために様々な立場の人々の意見に目を通しますが、本当に信用出来る意見というのは、どんなに圧力が加えられても節を曲げない人の意見であると考えています。しかも、それを個人で唱える勁さがあれば、なおさら信じるに足りると考えています。
衆を頼んで他人を攻撃するだけの意見というのは論外ですね。
まあ、これらは自分が意見を述べる時の自戒も込めているんですけども。ついつい、自分の意見に対して大勢の人に攻撃されると節を曲げそうになるんですよね。
その時に、自分は何を拠り所にしているのかを今一度省みる姿勢。言い換えれば、一人になって考える姿勢というものを持ち続けなければならないなと、この石橋湛山氏の生き方を見ている内にいつも考えてしまいます。
まあ、そんな勁さを持つからこそ、現代でも石橋氏の思想というのは生き続けているのかもしれませんけど。
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★今年の年末は土日と重なったために、二日間使って大掃除が出来ると安心しきってしたのですが、結局、想像以上に片付けをしないといけない所が多すぎて、バタバタしている内に大晦日を迎えてしまいました。やっぱり個人的には「時間がない」とプレッシャーをかける方が物事がはかどるみたいです。
………まあ、大掃除と言いながら、要らない物を横によけただけというのは相変わらずですが。
それでも、やらないよりはマシなんじゃないかと自己弁護しておきます。
★さて、今年の一年についてですが。
年初に意気込んだ割には、個人的には何の成果も出なかったなというのが正直な気持ちでした。何か、物事に振り回されながら一年が過ぎていったような気がします。
ただ、そんな中でも、色々と試行錯誤している内に何となく掴めてきたものもありましたので、来年も引き続いてそれらを続けていけばいいかなと思っています。致命的でさえなければ、意識的に冒険的な事をやって、わざと怒られるのも一つの上達する手段ですしね。
失敗は繰り返さなければいいわけですし。
その事を心がけつつ、今年やり残した事を来年出来ればいいなと思っています。
★そして、今年の情勢についてですが。
とうとう五年に亘った小泉政権が幕を閉じたわけですが、良くも悪くも我が国の政治に転機をもたらした政権であったとは思います。
この小泉政権の歴史上の評価については、おそらくは一定の年月を待たないといけないと思います。ただ、一つ残念に思ったのが、その小泉政権下で自民党が「政権にある事自体が存在価値を持つ」政党から脱却出来るチャンスがあったにも関わらず、結局は元の木阿弥になりそうな感じになってきている点です。
結局は、敢えて一定以上の国民を敵に回しても自分の信念を貫く覚悟を持った政治家がいなくなっているのかなという気はします。まあ、一国の総理でも議員としては国民の選挙で選ばれている以上は致し方ない事なのかもしれないですけどね。
★まあ、政治家の話はここまでにして。
実は政治家以上に気掛かりなのが、我が国の厳罰化の傾向が今年に入ってから更に強まった感じがすることですね。
誤解されると困りますので敢えて書きますが、別に私は死刑廃止論者ではありませんし、むしろ新たに終身刑も設けてもいいのでは無いかとすら思っているのですが。ただ、本来ならば個人が自律心を持っていれば済む事柄にまで法の網がかけられつつある、この事が非常に気掛かりなんですよね。
「国が腐敗すればするほど法律が増える」と言ったのは、「年代記」や「ゲルマニア」の著者として知られたローマの歴史家タキトゥスでしたが、今の我が国の状況はまさにこの名言通りの状態なのでは無いかと思います。この場合の国の腐敗というのが単なる国を動かす政治家や官僚の腐敗であるのか、それとも主権者たる国民も含めた国の腐敗であるのか。この辺りは今後も注視する必要はあるかなと思います。
ただ一つ言える事は、民主主義は他力本願では機能しない。この言葉に尽きるのでは無いかと思います。
★何はともあれ、来年こそは大企業や成長企業だけでは無くて、中小企業や消費者たる一般社員も実感出来るほど景気が良くなればいいなと思います。
それでは良いお年を。
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★今年も暦の関係で大晦日だけが休みなので、大掃除に追われまくる一日になりそうかなと思っていたのですが、その前の三連休にある程度やっておいたせいか、何とか夕方までには片がついて、久しぶりにゆっくりとした年越しを迎えようとしています。
さて、今年の一年ですが、転勤というものがあったために、前半と後半では大きく様相が異なってしまいました。
前半は前年の延長ということで、思ったよりも順調にいっていたのですが、後半に久しぶりに営業に出た上に、事務の内容もかなり変わっていたために慣れない仕事に戸惑うことも多く、結局バタバタ続きで年末まで迎えてしまいました。
相変わらずの自分の非力さにため息をつくばかりです。
★そして、一年を通じて特に強く感じたのが、全てにおいて中途半端だったことですね。
特に、せめて一次試験は突破しようと思っていた中小企業診断士の試験は、結局落っことしてしまいました。
自己採点では合格点ボーダーの辺りだったのですが、まあ、その程度では二次試験では二度受けることが出来ても落ちていたと思うので、まだまだ勉強が足りないなあと反省しきりでした。
ただ、次回は一次試験を突破出来れば、東京の中小企業大学校の講習を受ける事で診断士の資格を得ることが出来るようなので、来年はそれに的を絞って頑張っていきたいと思います。
★そして、今年の情勢についてですが。
確かに景気は良くなる兆候を見せているのですが(プロジェクトXの終了がその象徴のように思えました。やはりこの番組は役割を終えたように思います)、優勝劣敗が目に見えるほどに国内でも貧富の格差が現れはじめているのがかなり気がかりな事だったりします。
また、小泉さんが圧倒的な支持を得て、更なる改革が進められているのは結構なのですが、対立する意見が全然取り入れられないとか、耳を貸さないとかいう独善的な状況も多く出てきており、これもまた気がかりだったりします。
そして民主党が弱体化した上に、政策でも対抗軸を打ち出せずにいる上に、他の野党も空理空論に走っているだけで、まともな対抗勢力が構築されていないのも、民主政治としてはかなり危機的な状況だと思います。
政策一つをとっても、出生率の低下がかなり叫ばれていますが、その前提となっている幾つかの条件の中で「既婚率の低下」が政治家・官僚やマスコミも触れていないのがかなりの驚きだったりします。
既婚者が安心して働ける環境ももちろん大切ですが、それ以前にもっとやるべきことがたくさんあるのでは無いかと思いますけどね。
★………まあ、時事的な話は書きはじめると止まらなくなるので、この辺りで止めときまして。
来年はどうやら個人的には、いくつか転機となる年になるかなと思っています。
まあ、資格などの勉強に関わることは日頃から自分自身の努力が大切なのですが、それ以外でも大きな転機がありそうな兆候も12月あたりから出ていて、正直逃げ出したい気分にもなったりしています。
私自身は人に頼るのが結構苦手な人間なのですが、さすがに今回は頼らないといけないかもしれないかなと思っています。
まあ、そうなる前に、少しでも自分で努力出来る部分は努力してみたいと思っています。
★毎度のごとく、乱筆になってしまいましたが………例によって、ここで筆をおこうと思います。
それでは皆さん、良いお年をお迎え下さい。
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★一連の中国の反日の動きと中国首脳部の動きを見ている内に、昔、学校の国語の教科書に載っていた文章を思い出しました。
題名は忘れましたが、確か、絶えず外敵からの侵略にさらされている国の人ほど、なかなか自分の過ちを認めたがらず、逆にそう言った侵略の経験が無い国の人ほど、すぐに自分の過ちを認めて謝罪するという感じの文章でした。
今の隣国の動きを見ていると、まさにそんな感じのようにも思えます。
★まあ、そうは書いたものの、今回の一連の動きは彼の政府の都合が大きく反映されてる方が事実に近いかなとも思ったり。
もともと、彼の国の一党独裁を支えているのは、担保としての軍事力と情報の統制ですし、統制による民衆の不満は何かをスケープゴートにすれば済むという考えが色濃く表れているようにも思います。まあ、今回はその情報の統制の結果として、様々な流言飛語が飛んで今回のような体たらくになったのだろうというのは想像に難くは無いですが。
ただ、その一党独裁のタガが外れると、待っているのは旧ソヴィエト連邦も真っ青な民族紛争や国家分裂のオンパレードになるのは、これまでの歴史の流れから見てもかなり確実ではあろうかと思います。(火種もごっそりと抱えてますしね)
我が国は別にして、人権にうるさい他の有力な諸外国が中国叩きに慎重になるのは、おそらくはその辺りの事情があるのだろうと思います。世界の四分の一の人々が住まう地域が大混乱に陥るのを歓迎する国々はまずは無いでしょうしね。
★なんだか、全然まとまっていない文章と化してますが。
まあ、毅然とした態度を取りつつ、国際社会にその不当な扱いを印象づける事しか、今は取り得る手段は無いのかなとも思います。
そのためには、彼の暴徒たちと同レベルの事をやっても、結局は国益を損ね、彼の国の政府を喜ばせるだけだと思います。
感情的な人々を相手にするからこそ、より冷静な対応が必要になるのは、ちょっと想像力を働かせればすぐにわかるんじゃないかと思います。
そして、それが大人の態度というものでは無いでしょうか?
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★最後の最後まで色んな事に追われながら、私にとっての一年も終わりつつあります。
夏を過ぎたあたりから特にそうだったのですが、私にとっての今年は常に色々な事に追われまくりな一年でした。
仕事から、勉強から、そしてプライベートから。
その中では今年中に出来た事もあれば、来年に持ち越したものもあります。
特にプライベートな面では、ウチのサイトに関して正月に掲げていた目標は全て先送りにする羽目になってしまいました。
この辺りは自分の非力さを痛烈に感じております。
★ただ、勉強面では目標の一つだった銀行業務検定の法務二級に何とか合格出来たのは良かったと思っています。
その勉強に集中するために、情報セキュリティアドミニストレータの試験は回避する羽目になったんですけども………こちらは来年以降の課題ですね。
ただ、今回の法務二級の勉強を通じて、来年やりたい事を定める事は出来ました。
まあ、何をしたいのかはまだ伏せておきますが。(汗)
来年はその勉強に注力していきたいと思っています。
★そして、今年の情勢についてですが。
今年も火遊びが大好きな世襲大統領が大活躍してくれたおかげで、まだまだ中東方面は血なまぐさい事になっています。
そして我が国でも、小泉総理が確実に「国民に飽きられてる政治指導者」になりつつあります。
ただ、どちらも国民によって信任された政治指導者である事は忘れてはならないと思います。
結局はこれから我々国民に降りかかってくる恩恵も災厄も、我々が選んだ結果なんですよね。
そこは肝に銘じる必要があると思います。
★一方で今年は数々の天災に翻弄された一年でもありました。
まだまだ我々人類は、自然に対しては弱い存在である事が証明された年であったのかもしれません。
ただ、私たちには過去を振りかえる知恵がありますし、そこから学び取る力もあります。
結局は着実に一歩一歩歩いていくしかないのかもしれませんね。
来年は阪神・淡路大震災から10年。
少しでも今までに犠牲になった人たちに胸を張れる事があればいいなと思いますね。
★例によって乱筆になってしまいましたが、ここで筆を置こうと思います。
それでは皆さん、良いお年を!
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★これから年末までに、結婚式へ二回の出席など冠婚葬祭関連の出費がかさむ見込みで、どうやら年内のイベントはどこも行けなさそうな感じです。
ボーナスも、あるかどうかは別にして、奨学金の支払いと駐車場代の年払いと車検代できれいサッパリ消えていくみたいですし。
金が無いのは首が無いのと同じですな〜。(苦笑)
★まあ、個人的な金銭の話は置いて。
世間では経済が回復したという話題が出ているみたいですが、おそらくはマクロ経済的に家計・企業・政府の観点からみれば、単に企業部門の営業余剰が増えてるだけなんだろうと思いますね。むしろ家計部門の雇用者所得はかなり落ち込んでるように思います。
ま、正確な所は内閣府の経済社会総合研究所が出す国民経済計算年報を待たないとわかりませんが、平成15年度の確報が出るのは再来年の4月だもんなあ………。
でも、徒に家計に入る所得を減らしても、余計に消費マインドを冷え込ませるだけのような気がしないでもないのですが………って、書き方が完全に個人的な八つ当たりになってますな。(汗)
もっと、建設的なことも書いてみたいです。
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★あれからもう2年ですか。
卑劣なテロリズムの犠牲となった多くの無辜(むこ)の市民に対しては、ただただ哀悼の意を表するのみです。
★そして、あの時から歴史の軌跡は血なまぐさい方向へと舵をとっているかのようにも思えます。
殺戮がまた新たなる殺戮を産み、そしてそれに数倍する憎悪を産んでいく。
これが人類という種の性である、と諦観するのは簡単なことです。
ですが、本当にそれで良いのでしょうか。
★戦争を遂行する上で必要なのは、言うまでもなく敵です。
そして、その敵は大衆に解りやすいように、国家やマスコミなどによって常に定型化されてきました。
★ただし、これは大衆に恐ろしいまでの思考の停止をもたらします。
そしてその思考の停止は、多様な存在への否定へと容易につながります。
ですが、アメリカの国民は、全てがネオコンの信奉者ではありません。
ましてや、イスラム教徒が全てテロリストというわけでもないのです。
★卑劣な犯罪者に対する正当な怒りがあればこそ、そこでより冷静な考えが必要になってくるのでは無いでしょうか?
本当に裁かれるべき悪は何なのかということを認識するために、自分自身で真実を見極めるために。
まあ、そこが一番難しいところなんですけどね。
ただ、忘れたくは無いですね。
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★架空の人物の、しかもまだまだ先の死を偲ぶのは滑稽なことなのでしょうか?
でも、架空の話とは言え、ヤン・ウェンリーという人物は、私に色々なことを教えてくれました。
★ヤンの言葉は去年、結構多く書き連ねたので改めて書くということはしませんが、それでも昨今打ち続く無用の師(いくさ)を見るにつけて、不敗の魔術師と言われながらも戦争そのものを嫌悪していたヤンの言葉が色々とよみがえってきます。
確かに、人間に欲がある限り、そして力でもって他人を押え付けようとする人間がいる限り、戦争というものは永久に無くなりませんし、恒久平和というものは、所詮はユートピアと同じく、理想の世界でしかありえない代物なのかもしれません。
ただ、理想には到達できなくても、理想に近付くことは可能であることは、これまでの歴史が証明していることですし、過ちを繰り返すことはあっても、過ちを少なくしてきたこそ、人類はこの地球上に歴史や文明というものを築き上げてこれたのだと思っています。
★過去から学び、現在を知り、そして未来へと伝える。
単純ではありますが、難しいこの歴史を学ぶことの大切さを教えてくれたのも、銀英伝中のヤン・ウェンリーという人物でした。
ま、おかげで自分が本当に歴史が好きなんだと再認識出来たわけですけどね。
そんなわけで、今日一日ぐらいはヤン・ウェンリーを偲んでみたいと思います。
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