「やねしん」のさろん

Le soleil brille pour tout le monde, chacun a le droit d'etre heureux.

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やね日記 〜ある信金マンの道楽な日々(笑)〜

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2009-07-02 (Thu)

対症療法や思考停止などから来る安易な発想が統制社会を招く

新児童ポルノ法、「単純所持」ってどこからがアウト?
 livedoor ニュースより。
 別に児童ポルノを擁護するつもりはありませんが、規制論者の理屈は二重の意味でかなり浅はかな思考に基づいているなと思いました。
 まず一つ目は、罰則を利用した威嚇さえ行なえば封じ込めることが出来るという浅はかさ。
 確かにそのような威嚇は「表」のルートには効果的ですが、「裏」のルートには何の意味もありません。
 結局は「闇市場」が出来るだけではないのでしょうか?
 かつて、アメリカの禁酒法が闇酒場の出現をもたらし、これらがマフィアの資金源となったことは、経済を統制することがどのような効果をもたらすかについて、とても重要な示唆を与えてくれていると思います。

★そしてもう一つが、外国からの圧力を利用することで反論を封じ込める浅はかさです。
 外国の大勢の考え方が必ずしも正しくは無いことは、捕鯨問題一つを考えてみても明らかだと思います。
 グローバルな時代とは言えども、世界各国の政治・経済・文化等の違いはなおも大きく隔たっています。
 世界的な基準を尺度として考えるのは結構ですが、それと我が国の政治・経済・文化等の成熟度とを照らし合わせながら、我が国なりの工程表を作り上げるのが国家、特に立法府に課せられた責務では無いでしょうか?
 ただ単に、諸外国の基準だからと一律に合わせようとするのは、一種の思考停止でしか無いと思います。
 拙速に走って、ただ単に規制だけに立法府が向かってしまえば、待ち受けているのは統制社会でしょう。
 ファシズムは民主主義から生まれたということを、決して忘れてはいけないと思います。

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「咲-Saki-」アニメスペシャルサイト

2009-06-25 (Thu)

拙速に「目に見える効果」を期待してはいけません

埼玉県、アニメで地域振興検討会、「らき☆すた」制服を採用案も
 アニメニュースより。
 過去の作品を利用した振興策をとっても、結局はゆるやかにフェードアウトしていくだけなのではないでしょうか?
 それよりも、アニメの舞台として利用出来そうな隠れた名所の掘り出しなどをやる方が、アニメによる地域振興には適していると個人的には思うんですけどね。
 後は、既に地元を舞台にしているアニメ化出来そうな原作を探してコーディネートしたりとか。
 ハコ物は確かに目に見える効果は大きいのですが、単なる「打ち上げ花火」として終わってしまう可能性の方が高いと思います。
 それよりも、地道な見えにくい振興策こそが、公的機関には求められているのではないかと思います。

★アニメファン市場をターゲットにする上で考えなくてはいけないのは、トータルで考えてもそれほど大きくないマーケットであるということです。
 ですから、より大きな経済効果を考えるのならば、アニメファン以外の顧客層にも訴求出来るマーケティング戦略を考えるべきだと思います。例えば、アニメそのものを売るのではなく、アニメが持つかわいさを売ることとか。
 要は一律に振興策を考えるのではなく、顧客をいくつかのセグメントに分けて、それぞれの顧客層に応じたマーケティングを考える必要があると思うわけです。
 単純に他力本願で振興策を考えても、長続きはしないと思うんですけどねえ。

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2009-06-21 (Sun)

失敗に寛容な社会への変換も必要なのでは?

自民党政治家の耐えられない軽さ
 Big River not Small Riverより。
 おそらくは、議員の先生方、特に与党のお歴々を突き動かしているのは、議員という「職」を失うことへの恐怖感なのだろうと思います。
 特に大敗、あるいは惨敗の確率が高まれば高まるほど、それが我が身に降り掛かる危険性は高まるわけですし。
 その結果として現れる行動パターンが、個々人の主義主張は横へ置きつつ、世論に迎合しようとする姿勢だと思います。

★ただ、それを単純に批判することは出来ないんですよね。
 私が考えるに、政治の世界であれ、ビジネスの世界であれ、我が国の社会が長い間抱えている致命的な欠陥として、「敗者復活の制度が無い」ということが挙げられるのではないかと思います。
 人は安定した生活から放逐される可能性が出て来ると、たいていは無難に立ち回ろうとします。それは政治の世界でもビジネスの世界でも変わりません。
 ましてや、有権者の票によって未来が決められる議員の先生方は、特にその傾向が強いと思います。
 だからこそ、モラルハザードの危険性はあるかもしれませんが、失敗をした人にも再チャレンジの機会を与える制度はある程度は必要なのではないかと思いますけどね。
 失敗は誰もが経験することだと思います。それが人の人生にどれだけ影響を与えるのかは、その失敗がどれほど致命的であるかに尽きるのではと思います。
 反社会的なことを推奨するつもりはありません。ですが、一度致命的な失敗をしたというだけで、一人の人間という貴重な財産が生涯浮かばれないままであるのは勿体ないような気もするんですけどね。
 この辺りは、もう少し寛容さがあってもいいのでは無いかと思います。

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2009-06-17 (Wed)

経営戦略に流行は無い

【時代のリーダー】井上 礼之・ダイキン工業社長
 日経ビジネスオンラインより。
 時代や流行に流されずに、自らの考えで企業をマネジメントする経営者は、やはりひと味違うと感じました。
 バブルの時代に「流行だから」と事業とは無関係な投資に走ったり、アメリカ発のグローバリズムが喧伝された時代に「流行だから」と日本式経営を捨て去った経営者たちにも見て欲しいと思います。

 「時価総額を高めた結果、経営が安定して会社が発展すれば、従業員やその家族は幸せだし、顧客にもより良い製品を提供できる。株主にも喜ばれ、地域社会にも応分の貢献ができるようになる。時価総額重視というのは、決して株主だけを優先するという意味ではないし、もちろん株主を軽視するものでもない。ダイキンを取り巻くすべてのステークホルダー(利害関係者)にとってプラスになることだ」

★インタビューの中で井上氏が述べたこの言葉は、時価総額という尺度が必ずしも株主本位のものだけでは無いということを示しています。
 日本式経営という言葉からは、終身雇用やQCサークルなどといった言葉が連想されるかもしれませんが、様々なステークホルダーの利害を調整するという意味合いも、この日本式経営にはあったのではないかと思います。
 それに、アメリカ式経営というものは、必ずしも株主本位とは限りません。
 グローバリズムが喧伝された頃に、経営陣にとって都合の良い部分だけをつまみ食いした結果が、今の我が国の現状なのでは無いかと思います。
 もう少し、流行だけにとらわれない考え方もあると思うんですけどねえ。

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2009-06-11 (Thu)

ストックよりもフローで見る必要があるのでは無いでしょうか?

日本をノマド(遊牧民)化せよ!
 カトラー:katolerのマーケティング言論より。
 網野史観が歴史学に与えた影響の最たるものは、歴史にも様々な視点があるということだろうと思います。
 これは歴史に限らず、人の営み自体が様々な人の思惑によって繰り広げられるものですから、その人の営みに関わるそれぞれの学究分野にも言えることだろうと思います。
 人の行動には唯一解が無いのだということを、しっかりと頭に入れておく必要はあるでしょう。

★で、そこで企業の話になるわけですが。
 正社員での雇用や終身雇用制の維持などといった大企業目線での雇用政策を行なうのならば、行き着く先は企業の固定費の増大です。これでは中小企業はやっていけないでしょうし、労働市場も硬直化します。
 固定費の増大によって破綻に追い込まれた事例としては、最近ではゼネラル・モータースを一番に挙げることが出来るでしょう。いくら従業員にとって居心地が良い企業であっても、破綻してしまっては意味がありません。
 ここで必要になるのは、労働者が流動化するということを前提とした基盤の構築であろうと思います。
 そのためには、企業にとって必要なスキルを学ぶ場の整備や働く意欲を持つ人への最低限の所得保障などをもっと進めていく必要があると思います。
 ストックよりはフローの観点から政策を進める必要はあるのでは無いでしょうか?

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2009-06-08 (Mon)

批判する「だけ」ならば誰にでも出来ますね

「足利事件」捜査の元県警幹部ブログが炎上 「謝罪しろ」コメント殺到
 ITmedia Newsより。
 誤りを認めて真摯に反省するのは人としては当然だと思うのですが、一つの失敗という傷に塩を塗り込むような行為ってどうなのかなと思います。
 一つのミスも許されないという立場に追い込まれた場合、よっぽど逆境に強い人でなければ、その失敗を隠し通そうとするでしょう。痛烈な罵倒の嵐の中でも平気でいられるタフな人は、そうそういるわけではありませんし。
 人は弱いものだということは理解しておく必要はあると思います。

★ここで必要なのは、批判よりも検証であろうと思います。
 何故、警察の捜査は冤罪の方向へと向かったのか?
 何故、裁判所の判決も冤罪の方向へと向かったのか?
 そして、当時のマスコミの報道や世論はどうだったのか?
 これらを検証することの積み重ねによって、社会は少しでも過ちを犯さない方向へと進むのではないかと思います。

★人類社会は失敗を犯さない超人たちによって営まれているわけではありません。
 ごくありふれた人間たちの集まりです。
 また、地上の楽園やユートピアなどというものは与えられるものではありません。
 ただ、人々の努力によって、ユートピアに近付くことは可能かもしれません。
 その集団による叡智が、人間を人間たらしめているものだと、私は思うんですけどね。

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2009-06-07 (Sun)

センセーショナルな報道だけが犯罪の軽減に繋がるのでしょうか?

厳罰化傾向とマスコミ報道 - 岡田克敏
 六本木で働いていた元社長のアメブロ経由、アゴラより。
 至極もっともなご意見だと思いましたので紹介させて頂きたいと思います。
 事件報道は単なる勧善懲悪劇とはわけが違うのだということを、より多くの人に知ってもらいたいと思います。

 刑罰の基準は社会により様々であり、絶対的な基準などありません。それぞれの社会が任意に決めるべきことです。しかし視聴率優先といったマスコミの営業政策から生まれた興味本位の報道によって、報復が正当化されて厳罰化が起き、その結果、社会から寛容さまでもが失われるのならば、ちょっと見過ごせない問題だと思います。

★岡田さんがこのように書かれている通り、寛容さが失われるのはとても問題だと私も思います。
 私が恐れるのは、社会から寛容さが失われた結果として、我が国が再び全体主義的な社会になることです。
 これは杞憂では無いと思います。
 歴史上の事例としては、言うまでも無くワイマール共和制から第三帝国へと移行したドイツが上げられますが、我が国も、戦前は天皇陛下の主権の下と男子のみの普通選挙という制限はありましたが、議会政治の下で全体主義的な社会へと突入したことを忘れてはいけません。あの時に軍部を支持したのは、まぎれも無く当時の民衆であり、その民衆によって選ばれた議員たちでした。
 全体主義的な社会へと容易に突入出来る危険性を、民主主義社会は秘めていることは忘れてはならないと思います。
 そのためにはポピュリズムは排除される必要がありますし、マスコミもその危険性を考えながら報道する必要があると思います。
 そのためには、一時的なセンセーショナルな報道だけでなく、犯罪の原因から事後の影響までを長期的な視点で報道する姿勢を見せて欲しいと思います。
 民間企業なので、視聴率や発行部数競争を全面否定するつもりはありませんが、せめて社会的公器としての姿勢ぐらいは見せて欲しいと思います。

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2009-06-05 (Fri)

出版業界が抱える問題の本質

グーグル問題が日本の出版社につきつけた「絶版」の定義
 ダイヤモンド・オンラインより。
 もともとグーグル問題以前から、出版業界は非常に多くの課題を抱えていたように思います。
 長年に亘って、法規制や著作権、業界慣行などによって様々な参入障壁が設けられていた業界ではありましたが、近年のインターネットの普及や市場の成熟化などによって、その構図が変わりつつあります。
 そこで、マイケル・ポーター教授のファイブフォースモデルを利用して、個人的に出版業界を取り巻く競争要因を分析してみました。

ファイブフォースモデルの5つの主体
★ファイブフォースモデルとは、ハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授が自著の「競争の戦略」の中で唱えた業界の構造分析を行なう手法で、5つの競争要因からなっています。
 その5つの競争要因とは、「買い手の競争力」「売り手の競争力」「新規参入」「代替品・サービス」「業者間の競争」の5つで、これらの競争要因から業界全体の魅力度を分析します。
 今回、私はそれらの競争要因の主体を上図のように定義させてもらいました。
 それに基づいて、個人的に導いた競争要因は下図のようになります。

ファイブフォースモデルの5つの競争要因
★こうして見てみると、グーグル問題以前から出版業界を取り巻く状況は既に厳しくなっていたことがよく分かります。
 そして、この中でも特に重要だと私が考えるのは、「書籍の情報化」による出版業界の競争優位の低下であります。
 これまで、出版業界を支えてきた競争優位の一つには、「紙による出版」というものがあったと考えます。
 出版のための大量の製紙の調達、規模の経済性に支えられた低コストでの印刷や製本、そして、紙の書籍に特化した効率的な物流システム。これらのように、「書籍=紙の書籍」という前提に立った最適化された出版システムが、長い間の出版業界の優位性に繋がっていたように思います。
 ところが、ブックオフなどによる大手中古書籍販売店の台頭や電子書籍の増加、そして今回のグーグルによる絶版書籍のフェアユース化などにより、新規の「紙による出版」が今まで以上に減少するのは想像に難くないと思います。
 現に危機感を募らせているのは、当の出版業界よりも印刷業界の方だと思います。近年の大手印刷会社による大手書店への資本参加は、垂直統合による印刷需要の確保なども視野に入っているものと思われます。

★まあ、出版業界には、これまで築き上げてきたブランド力や著作権などによる法的保護の存在がありますので、すぐに凋落するとは考えられないのですが。
 ですが、このままでは消え去って行く業界になるのは遠い日のことではないと思います。
 グーグル問題は、出版業界に対して新たな競争要因を認識させる出来事だったと思います。
 ですが、出版業界が抱える問題の本質は、もっと根が深いのではないかと私は思いますね。

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2009-06-04 (Thu)

「なぜGMが破綻したのか?」という検証は間違いなく必要でしょう

ドラッカーが60年前に指摘したGM危機の本質
 ダイヤモンド・オンラインより。
 GMの連邦破産法第11条の適用申請を受けて、GMに関する様々な記事が出てきています。
 その中でも個人的に興味を惹くのは、この記事のような「GMがいかにして破綻に追い込まれたのか?」という記事ですね。
 私はあまり「企業の成功物語」というものには興味がありません。企業は「ゴーイング・コンソーン」と呼ばれるように事業の継続性が一番重要なのであって、一時的な成功そのものというのは企業の通過点にしか過ぎないと考えるからです。
 まあ、そんな「企業の成功物語」から学べるものとすれば、「どのような条件で企業は成功するのか」というところだろうと思います。ただ、その視点から考えると逆もまた真なりなわけで、「どのような条件で企業は失敗するのか?」というのも学べますし、学ぶ必要があるのではないかと思うわけです。
 そのように考えれば、「企業の失敗物語」というのも結構重要なものなのでは無いかと思います。
 まあ、一般視聴者には受けは悪いでしょうけどね。
 これから、GMに対するそのような検証が多く出て来る事を期待しています。

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2009-05-28 (Thu)

TBSに見る二重の無駄

アニメのアスペクト比の話。
 アニメーターさんねんめ日記blogより。
 確かに両方のサイズに配慮をしたアニメの制作は、制作側にとっては負担以外の何物でもないかなと。
 特にTBS系列の地上波アニメはサイドカットが基本のようですしね。
 現にTBSから配信されたU局での放送もサイドカットですし。
 まあ、コンテンツからの収益回収を増やしたいという事情があるのかもしれませんが、それならば、なぜBS-TBSでは普通のサイズで放送しているのかという疑問は沸いてきます。まあ、TBSの完全子会社で無いからかもしれませんけどね。
 ただ、結果として、制作サイドには二重の負担を押し付ける一方で、視聴者に対しては両方の映像を差別無く供給しているわけで(遅れネットというハンデはあるにしても)、このダブルスタンダードぶりは何とかしないといけないんじゃないかと思うんですけどね。
 まあ、そうは言っても、BS-TBSでサイドカットが始まったら、猛烈な非難の大合唱が起こるでしょうけどね。

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