「やねしん」のさろん

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やね日記

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2008-07-02 (Wed)

食糧の安全保障と農業の保護はイコールでは無い

食糧安全保障について
 Big River not Small Riverより。
 国内農業の発展だけが食糧の安全確保を保証するわけでは無いという意見導きだされる課程についてとてもロジカルなものを感じました。
 仰るとおりに、食糧の安全保障国内農業の保護とは、切り離して考えるべき性格のものなのでは無いかと思います。国内農業の保護優先して肝心の凶作時に対策を怠っていたら食糧の安全保障失敗したことになると思います。
 むしろ、食糧の安全保障と農業の保護をイコールにしようとする事自体が、理由探しをしているだけに過ぎないのでは無いかと思います。
 安定して食糧を確保したいのならば、輸入先のチャネルの拡大我が国向けの海外農地や牧場の確保など出来る事はたくさんあると思うんですけどね。
 まあ、素人考えだと言われればそれまでですが。

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2008-06-30 (Mon)

神戸発の総合商社

丁稚が創った「国家予算を超える会社」
 日経ビジネス オンラインより。
 神戸製鋼所帝人サッポロビール、そしてIHI
 いずれも名だたる巨大企業ですが、その源をさかのぼって行くとある一つの企業へとたどり着きます。
 鈴木商店
 港町神戸拠点として、一時は四大財閥に伍する企業集団を作り上げた総合商社
 そして、大番頭金子直吉才幹により、興隆と衰亡とを共にした企業でもあります。

★しかし、この鈴木商店も我が国の近代史に大きな足跡を残した存在でありながら、単なる成金企業としてしか長い間見られて来ませんでした。
 それは、我が国の歴史観の悪弊である「人物・物事を善悪で分けたがること」「歴史書が勝者によって作られること」が原因なのだろうと思います。
 ただ、それでは結果的に、敗者となった人物などの事績が無視されたままになってしまいます。それはとても勿体ないと思うんですよね。
 私は、人のダイナミズムを学ぶのが歴史を学ぶことだと思っています。そこには、勝者や敗者などといったものは入る余地はないと思うんですよね。
 敗者にもやがては光を当てる寛容さがあるからこそ、歴史を学ぶのは楽しいのではないでしょうか?

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2008-06-28 (Sat)

敗者復活戦が機能しなければ、我が国では永遠に起業は少ないままでしょう

「借りた金を返さない」が許されるのが米国流
 ダイヤモンド・オンラインより。
 題名の煽りかたが何だかなあとは思いましたが。
 ですが、確かにこの会社の債務一つをとっても、我が国では開業・創業に対する敗者復活戦の仕組みは機能してませんね。一度失敗すると死ぬまで浮かび上がれない、そんな状況下で果たしてもっと多くの起業家が現れるか疑問です。

★まあ、そう言った制度が作れないのは、独創的な考え方をする人をはみ出しもの・異端者と捉えて、ちょっと小さな失敗を起こしたらとことん苛め抜くという、我が国の国民性に立脚するのかもしれません。
 ですが、今の我が国の繁栄をもたらした人たちって、そう言った異端者たちだったんじゃないかと思うんですけどね。今のトヨタグループの基礎を作った豊田佐吉も、自動織機を作った当初は変人扱いされましたし。
 創業支援などをする前に、もっとやらないといけない事はたくさんあると思いますけどね。

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2008-02-05 (Tue)

文系・理系を問わずに現状を打開せずに逃げる人間が増えたからでは無いでしょうか?

Newsweek記事、「Appleはなぜ日本企業ではないのか?」にみる日本論
 B3 Annexより。
 単純に、我が国の商慣行や組織などと言った「形」のみに原因を求めるのに与するつもりはありません。
 よく、我が国の弱さとして、日本人は日本人だけで物事を考えるから海外のマーケットが解っていないとか、技術者を手厚く保護する体制が無いから頭脳が海外へ流出するなどと言った意見がありますが。逆にそう言った意見を言う方々に問いたいですね。
 何故、松下幸之助や本田宗一郎、井深大などは我が国でも海外でも成功したんでしょうか?と。

★結局は、単純に仕組みや我が国の経営のあり方などと言った器だけの問題ではなくて、始めから困難が予想される新しいことに挑戦しようという、そのような気概を持った経営者や技術者などが少なくなったからでは無いかと思います。
 新しい事業に挑戦するというのは、言うまでもなく大きな賭けをするという事です。
 今でこそ経営理論やマーケティング理論などで、経営のあり方についてはある程度体系化されてはいますが、それが確実に成功を保証するわけではありません。また、たとえ自分の思い通りに事業が軌道に乗っていたとしても、思わぬ外的・内的要因によって頓挫してしまうこともしばしばです。
 ですが、新たな事業を起こして成功した起業家たち共通していたのは、決して諦めなかったことであり、そして自分が手掛けている事業が社会の利益にかなうと信じて疑わなかったことだったんじゃないかと思います。だからこそ、逆境にあっても自己を律する勁さがあったんだろうと思います。

★その現代の良い例が、皮肉にもあのスティーブ・ジョブズなんだろうと思います。
 彼は今でこそiPodの成功などで大きな評価を受けていますが、彼もまた、二十年ぐらい前に自分が立ち上げた会社から逐われるというどん底の状態から這い上がってきました
 おそらく、彼を支えたものもまた決して諦めないという姿勢であり、そして自分がやろうとする事業が必ず社会の役に立つというという確信であったんだろうと思います。
 そう考えると、企業の浮沈洋の東西や文化的な背景というのは大した問題では無いと思います。
 あるとすればそれは、確たる理念があればリスクを取る事も恐れない気持ちがあるかどうかの差なのでは無いか、と私は思います。

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2008-01-30 (Wed)

著作権論議でずっと感じていた違和感が氷解した感じです

作り手を“やる気”にさせる著作権とは——島本和彦氏など語る
 ITmedia Newsより。
 これまで著作権に関する論議を見ていていつも違和感を感じていたのが、規制論者の先頭に立っているのがほとんど著作物を販売する会社や団体で、本来の著作者であるクリエイターたちほとんど前面に出てこなかった事でした。
 今回の記事では、その本来の権利者であるクリエイター諸氏の本音がわずかながら出ていて、非常に参考になったように思います。
 本来、著作権法の趣旨は、第一条にも書かれている通りに「著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」わけですし、本来の著作権者であるクリエイターに利益が十分に還元されていない現状というものは、早急に改善されてしかるべきだと思います。
 ですが、クリエイターの保護名目に、既得権者の利益の増大のみが図られるかもしれないと言う不信感が、消費者側にあるのも事実なんですよね。そのためにも、文化庁などの所管官庁利害関係者であるメディアやレコード会社などは、こっそりとパブリックコメントを募集するなどと言った姑息な手段を使うのではなく、広く消費者たる国民に意見を求める必要があるのでは無いでしょうか?
 本来の著作権者たるクリエイターに利益が回らない上に、消費者に負担ばかりを押し付けるというだけならば、待っているのは産業の衰退であり文化の衰退であろうと思います。これは需要と供給のバランスを考えれば当然の理であろうと思います。
 もしも、メディアやレコード会社のお歴々我が国の文化を担っているという気概があるのならば、もう少しだけやり方を考えてみてもいいんじゃないかと思うんですけどね。

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2008-01-13 (Sun)

ようやくマスメディアも報道しだしたみたいですね

捕鯨問題、ユーチューブ動画めぐり日豪が火花
 asahi.comより。
 先週あたりからネット上で話題になっていましたが、ようやくマスメディアでも取り上げられるようになりましたか。
 なかなか取り上げないので、ひょっとして報道に対する圧力がかかっているのかなどと邪推していたのですが、本当に邪推で済んだみたいで良かったです。
 ところで、記事によればオーストラリア政府YouTube上で反捕鯨のキャンペーンを張っていたと言う事ですね。そこまでは不勉強で知りませんでした。
 それならば、反論を行うのはなおさら重要であるかもしれませんね。たとえ、それが個人的な意見だとしても。

★ちなみに、上記の記事で取り上げられた動画こちらです。(残酷なシーンもあるので注意)
 個人的な意見ですが、30年ぐらい前までオーストラリア白人至上主義に基づいた政策を遂行していたという事実知らない人たちが多かった事にはとても驚きました。まあ、南アフリカで行われていたアパルトヘイトが近年まで残っていましたしね、そちらの印象が強すぎるのかもしれませんが。
 ただ、2,3年前に起こったクロナラ暴動(オーストラリアの白人集団による中東系移民に対する無差別襲撃事件)にも見られるように、少数ながら白人至上主義を奉じる勢力がいるのも事実です。
 この動画については、人種差別を前面に出している点では感情的な中傷合戦の応酬となる危険性は高いですが、反捕鯨運動に対する矛盾点諸外国の文化を野蛮だと決めつけるアングロサクソン的な傲慢さなどについて、うまくポイントを突いているとは感じました。
 私が反捕鯨運動について危惧するのは、これがオーストラリアの内政への不満のはけ口として利用されているのでは無いかという事と、人種差別や反日運動の口実として使われているのでは無いかという事です。
 前者であるならば、オーストラリアのサンドバッグとして我が国があるようで甚だ不愉快ですし、後者であっても、政争の具として利用されているわけで甚だ不愉快ではあります。
 そう言った点を払拭するためにも、今回のような反論はあっても良いと思いますし。もしも、このような反論一つで日豪関係が壊れるとするならば、それまでの関係だったのでしょう。一度リセットする方がましだと言う事です。
 もちろん、平和で穏健な関係が続くのが一番ですけどね。ですが、言いたいことも言えずに我慢ばかりを繰り返す関係が本当の関係では無いでしょう。本音をぶつけあった上で本当に理解しあって築かれるのが本当の関係だと思うんですけどね。

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2007-12-31 (Mon)

2007年雑感

★今年は年末年始で六連休という事で、本来なら徹底した大掃除をすべきだったのですが、冬コミに行ける絶好の機会ということで、つい、帝都へ行ってしまいました。
 部屋の整理は、年が明けて落ち着いてからやりたいと思います。

★で、今年の一年についてですが。
 個人的には、少しだけですが成果が出せた年だったと思います。
 まあ、それを完全なものに出来るかどうかは来年次第なのですが、せっかく到来したチャンスなので、とことんまで頑張ってみようと思っています。

★そして、今年の情勢についてですが。
 国の内外を問わず、政治的にも経済的にも非常に不安定な年だったと思います。
 この数年、自己責任に基づく政策、特に経済政策がずっと取られてきたわけですが、今年はその負の面が色濃く出た年だったのではないかと思います。
 ただ、確かに格差問題などと言ったものは出てきていますが、格差の縮小という美名の下に、既得権益が温存されてしまう危険性が出ているのも事実です。
 確かに改革を行うことに様々な犠牲が出ることは付き物です。しかし、だからと言って、それを恐れて抜本的な見直しをしなければどうなるか言うまでも無いことです。
 明治維新以降、あるいは第二次大戦後以降の我が国は、その改革の痛みを乗り越えて経済的な豊かさを得ることが出来ました。もし、漫然と痛みを避けて改革をしなければ、我が国に訪れるのは衰弱死でしか無いのではないかと思います。
 もしも、我々の子孫の世代に良い財産を残したいと思うのならば、その改革についても真剣に考えるべきであろうと思います。
 自分たちの世代だけが良い思いをすればいいと考えていなければ。

★まあ、堅苦しいお話はここまでにして。
 来年は、現在の不安が杞憂に終わる年であればいいなと思いますね。
 また、元気な中小企業がたくさん出てくるといいなとも思っています。
 成長する意欲を持つ中小企業がたくさん出てくる限り、まだまだ我が国も捨てたもんでは無いのではないかと思えるはずですので。

★長々と書いてしまいましたが、ここまでにしたいと思います。
 それでは皆さん、良いお年を。

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2007-10-31 (Wed)

相次ぐ偽装問題やNOVAの一件に共通する部分

★最近、次々と明るみに出ている食品偽装問題や、NOVAの一件などで感じたことですが。
 ほとんどの企業がオーナー型経営、あるいは創業者やその一族が経営権を握っている同族経営なんですよね。そう言った経営形態はトップダウンによる経営スピーディーな経営を行いやすいという利点はありますが、一方で内部統制や外部からのチェックが難しいという欠点もあります。
 そういう意味では、外部からは公認会計士や金融機関、外部取締役などからの意見を聞くこと、内部においては内部統制や法令遵守のルールを成文化することなどは、経営陣の暴走を防ぐという点では非常に有効だと思います。この点は規模の大小は関係ないですね。
 もちろん、全ての外部の意見に従えというつもりはありません。企業にはそれぞれ企業理念や方針というものがありますし、それに照らし合わせて違う立場、あるいは第三者の意見を聞くという姿勢が非常に重要なのでは無いかと思うのです。

企業の定義には様々なものがありますが、社会に対して責任を持つ存在であるという事に異論は無いと思います。
 もちろん株主主権と言われるように企業における株主の重要性無視できませんが、それ以上に企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)の存在無視できません
 そのステークホルダーの一つである消費者軽視したことが、今回の騒動を引き起こした重要な要因なのでは無いでしょうか?
 そして、もう一つのステークホルダーである従業員軽視も、今回の騒動に繋がった可能性があります。今回の騒動の背景には内部告発の増加も指摘されていますしね。経営陣があまりにも利益の追求していった結果、従業員の就労環境を軽視し、あまつさえ従業員の意見も聞き入れないとなれば、追いつめられて内部告発に走る可能性も無いとは言えないと思います。
 結局は、利潤追求だけが経営者の使命では無いということなのでしょう。どれだけ各ステークホルダーに満足を与えられるか重要であって、利潤結果なのでは無いかと。理想論ですが、経営を行う上ではその辺りにも留意する必要があるのでは無いかと思うんですけどね。

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2007-09-28 (Fri)

いずれ、ミャンマーの軍事政権は歴史によって葬り去られるでしょうが

★それまでに流されるであろう血と涙に、かけるべき言葉が見つかりません。
 彼の政権に政治を遂行する理念などは無いでしょう。あるのは、既得権を汲々として守ろうとする醜い姿権力の座から転落するのを恐怖する浅ましい姿でしかありません。
 それは、困窮する国内経済を尻目に建設を進めている新首都ネーピードーという命名からしても明らかだと思います。(ネーピードーは現地の言葉で「王都」を意味します)

国民を抑圧する政権、しかも軍事政権がやがて醜く崩壊するのはこれまでの歴史から見ても明らかなのですが、それが長続きする事例があるのは、周辺諸国の思惑とその政権の利害が一致している場合です。
 そこで、我が国の政財界に問いたいですね。人道的な支援と称して未だに軍事政権が実行支配する国家に支援を行なうのが本当に正しい道なのでしょうか?
 確かに支援を止めれば今以上にミャンマーの国民は困窮するかもしれません。ですが、支援が軍事政権の延命を支えているとすれば、その延命が本当にミャンマー国民にとって良い事なのかどうかを考えてほしいと思います。
 理想論なのかもしれませんが、本来、国の政策、特に外交政策理想を持って遂行しなければ諸外国の嘲笑を買うだけなのでは無いかと思います。
 ここは我が国の政府の「良識」に期待したいと思います。

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2007-09-21 (Fri)

確かに悪党でなければ宰相は勤まらない

10月号の編集後記阿部氏も述べていますが、我が国でも一貫した政策を遂行するために時には権謀術数を弄する事も辞さないような悪党宰相に就くのは確かに望まれます。
 ………が、現状ではそのような政治家が育っていないのも事実ですけどね。
 小手先の権謀術数を弄する事が主目的になって、後から理由付けとして政策を持ってくるような小悪党はたくさんいそうですけどね。

★で、この編集後記でも触れられている中国の覇道主義の傾向ですが。
 まあ、軍事に限って見れば、軍の肥大化対外的な覇道主義というよりは、国内の統一を維持するために向けられているような気はします。歴史的に中国は何度も小国分立が続いた事もありますし、多くの民族、あまりにも違う地方ごとの文化、そして地域経済の格差、これらが中国のアキレス腱となっている以上、それらを何とか軍事的な力で抑えようとしているのでは無いかと思うんですけどね。
 まあ、そういう理由であっても極めて危険な傾向なので、せめて中庸で穏健な方向で民主化が進んでもらえればいいのですが。
 一党独裁の建前が続いている以上、当分は絶望的かもしれませんね。

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