カテゴリー「歴史」の記事を表示しています
★今日の朝日夕刊に、来年1月にNHKハイビジョンで放送される、われ、晩節を汚さず〜新夫婦善哉〜の記事が掲載されていました。この物語の主人公松本重太郎は、実は関西財界を語る上で非常に重要な人物の一人です。
大阪で創業した洋反物雑貨商を振り出しに、次第に事業を拡げ、現在の南海電気鉄道、東洋紡、アサヒビール、明治生命、毎日新聞社、そして関西大学などの設立に参加するなど、関西財界の重鎮として、一時は「東の渋沢(渋沢栄一、第一銀行(現みずほ銀行)頭取)、西の松本」と称されるほどの勢威を誇りましたが、日露戦争下での不況で自身の基盤であった百三十銀行を救うために全財産を投げ打ち、以後、死ぬまでついに実業界に戻ることがありませんでした。
経営の責任を取った経済人としては、後に神戸発祥の総合商社である鈴木商店と興亡を共にした大番頭金子直吉と並んで、私にとっては印象が強い経済人だったりします。
(この二人については、いずれ文章を書いてみたいのですが、いかんせん他の文章が全然進んでいないので延び延びになっています、すいません。)
話が逸れましたが、今回、おそらく初めて松本の生涯が映像化されるわけで、とても楽しみです。
私的には、阪堺鉄道(現南海電気鉄道)を設立する際にあだ名された、「豆男」のエピソードが入っていたらいいなあと思っています。
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★今日届きました。
ですが、MACお宝鑑定団によれば着日指定がされているとのことです。
残念。
ところで、遅まきながら歴史群像8月号を購入しました。
興味を引いた記事は、呉楚七國之乱と自衛隊創設史、そしてカシミール紛争史の三つでした。
特に自衛隊創設史では、旧内務官僚主導で創設された陸上自衛隊と、戦後も団結して創設時にも絶大な影響力を持った旧海軍指導者層主導で創設された海上自衛隊との違いが、かなり浮き彫りにされていて興味深かったです。それと意外に多くの旧内務官僚出身者が、自衛隊の設立に参画していたことですね。内務省は解体されましたが、人は残っていたという感じですね。
あとはカシミール紛争史ですが、これを読むと、インドとパキスタンがいがみ合いを続ける理由、妙に緊張しているインドと中国の関係、そしてアフガン紛争時に何故あれほど早くパキスタンにアメリカが橋頭堡を築き得たのかが少しは解ったような気がしました。
歴史と言うものが連続していて、その先に現れるのが事件であるということを改めて痛感した次第です。
ところで、平和を考える上で戦争の歴史を学ぶことは大変重要なことであると私は思います。
もっとも、戦史や軍人の伝記を読んでるだけで右呼ばわりする人がいるのも事実ですけどね。まあ、極左から見れば中道もまた右という言葉は本当に蓋し名言だと思います。
ですが、実際にこの地球上の各地で戦争が起こっているのも事実ですし、その起こる理由を検証するためにはどうしても戦争というものについて客観的に学ぶことが必ず必要になってくるはずだと私は思います。
問題は、それらを学んだ上で、どうやって平和と向き合うかということだろうと思います。
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★今日、歴史群像の6月号を購入したのですが、その中にスペイン継承戦争におけるブレンハイムの合戦の記事があったので、興味を持って読んでいました。
ブレンハイムの戦いは、当時の欧州を代表した名将のうちで、イギリスの初代マールバラ公ジョン・チャーチルと神聖ローマ帝国の大元帥サヴォイア公子オイゲン(プリンツ・オイゲン)がその知略を如何なく発揮した戦いとして知られています。
特に初代マールバラ公ジョン・チャーチルは、一代で貧しいジェントリーの家から公爵にまで上り詰めた傑物で、この戦いの勝利によって、彼は時の君主であるアン女王より宮殿造営の資金を下賜されました。そこで造営されたのが世界遺産にも指定されているブレニム宮殿(ブレニムはブレンハイムの英語読み)で、現在でも11代マールバラ公爵が住んでいるそうです。
ところでマールバラ公爵家で思い出したのが、かつてのイギリス首相ウィンストン・チャーチル卿と故ダイアナ妃が同じ係累に繋がるという話でした。
と言っても、かなり遠縁なのですけどね。
一代で公爵にまでなった初代マールバラ公が亡くなった後、様々な事情で公の次女アン・チャーチルが公爵家の相続人となるのですが、彼女は3代サンダーランド伯チャールズ・スペンサーと結婚していました。そこでチャールズとアンの間に生まれた二人の息子の内でチャールズ・スペンサーがサンダーランド伯の爵位を持ったまま3代マールバラ公爵となりました。これが現在のマールバラ公爵スペンサー・チャーチル家の始まりです。ちなみに、故チャーチル首相のフルネームはウィンストン・レオナード・スペンサー・チャーチル卿と言い、7代マールバラ公の次男でイギリス蔵相もつとめたランドルフ・チャーチル卿の息子にあたります。
ところでチャールズとアンのもう一人の息子であるジョンは、爵位を持たず生涯を平民として過ごしたのですが(と言っても、スペンサー家伝来の所領は相続しています)、息子の代に男爵位が与えられ、さらに4年後に位階を伯爵へと進めました。これが現在に続くスペンサー伯爵家の始まりで、故ダイアナ妃は8代スペンサー伯エドワードの娘にあたります。
ちなみにこの両家に共通する先祖、すなわちサンダーランド伯爵家の出自はなんと羊飼いでした。羊飼いが富を蓄えて男爵となり、王政復古後のスチュアート朝の復活に伴ってサンダーランド伯となっていったという話には、何となく下剋上が相次いだ我が国の戦国時代を彷彿とさせるものがあるような気がしますね。
参考文献:「イギリスの大貴族」 海保眞夫著 平凡社新書
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★今日は歴史群像の4月号を読んでいました。
主に読んだのは、毛利家隆盛の礎となった厳島合戦とスウェーデン国王グスタフ2世アドルフが活躍するブライテンフェルトの会戦、そしてユーゴスラビア連邦の瓦解を描いたユーゴ紛争史<後編>の3つです。
中でも3つ目のユーゴ紛争史は、民族という概念がいかに曖昧な物であったかというのが痛烈に描かれていて、とても興味深く読ませて頂きました。
その根拠が薄弱な「民族」と言う概念によってユーゴの地で引き起こされた様々な悲劇………大量虐殺、民族浄化という単語に隠されたレイプ行為などは、正義の名の下に人はいかに残虐なことが出来るかという事を証明しているのかもしれません。
これらの事は我が国とも無関係なことではありません。
戦前、「一等国民」という言葉が存在しました。
一等国民=日本人は、亜細亜の指導的立場にある民族である。
この考えのもとに大東亜共栄圏構想が生まれ、我が国のアジア侵略が遂行されたのは皆さんもご存知のことだと思います。
しかし、その民族思想がもたらしたものは、戦火に蹂躙され、焦土と化した我らが祖国でした。
今、私が非常に危惧しているのは、現在の不況による経済的不満が、民族排斥の動きに繋がることです。
考えすぎなのかもしれません。しかし、そのような事例はこれまでの歴史上に数多く存在しましたし、民族というシンパシーは美酒のようなもので気持ち良く酔えるものですしね。
ただ、願わくば、酔ったとしても、後に痛烈な二日酔いが来ないことを祈りたいですね。
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★今日は、ちょっと遅くなったのですが歴史群像の二月号を購入してきました。少々値が張り、歴史というよりは戦史を主体にした雑誌なのですが、図面などが多く使われていて結構見やすいので重宝しています。
今月号で面白かった記事は、織田信長の尾張統一とユーゴ紛争史(前編)と普墺戦争の三つでした。特にユーゴ紛争史は、もともとユーゴスラビア各国の歴史について知識が無かったため、今回の記事で、ようやく現在のユーゴスラビア各国の混迷の原因が理解できて、とても役に立ちました。
次号の後編では、ユーゴ建国の英雄チトーの死後、麻のごとく乱れるユーゴスラビア国内の状況が述べられるようで、今から楽しみです。
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★ようやく見つけることが出来ました。
Tanuma Okitsugu (1719-1788) Forerunner of Modern Japan
1955年にジョン・W・ホール教授が発表した、田沼意次に関する研究論文で、ようやく府の図書館で見つけることが出来ました。ただ三週間以内に読めるかどうかが疑問なのですが。
しかし、あの田沼意次をホール教授は「近代日本の先駆者」と評し、時のオランダ商館長イザーク・チチングは「日本の希望」と評しています。これほど国内外で評価が違う人物というのも珍しいですね。これも、歴史観の違いに立脚するところがあるのかもしれません。どちらが正しいとも言えないと思いますが。
まあ、我が国でも村上元三氏の小説のように再評価の動きは続いているのですがね、何分にも教科書においてあれほど不利な文章が書かれていたら、なかなか復権というのは難しいですね。
それにしても、我が国の歴史教育は本当に善悪に分けることが好きですね。
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★通常、海外では元帥は大将の上位の階級と解されています。
例えば銀英伝でも、銀河帝国、自由惑星同盟双方とも、大将(銀河帝国は上級大将)の上に元帥の階級があります。
ただ旧日本軍の場合は少し事情が異なるようですね。
例えば、大山巖、山県有朋、東郷平八郎、山本五十六、いずれも元帥と称されていますが、階級はいずれも陸海軍大将です。
それはどういうことかと言えば、すなわち旧日本軍では陸海軍大将の内、元帥府に列せられた軍人に与えられる称号として元帥号があったわけです。
ちなみに日本で言う元帥府とは、陸海軍の大元帥である天皇の軍事上の最高顧問機関のことで、銀河英雄伝説に出てくるローエングラム伯ラインハルトが帝国元帥に叙された後に開いた元帥府とは少し様相が異なるようですね。
もともと架空のものである小説から、実際の歴史などを調べていると、称号や官職などで、いくらでもこう言った違いというものが出てきますね。
その違いを比較するのも、面白いと言えば面白いのですが。
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★今、日経の連続小説はあの池宮彰一郎先生が書かれている「平家」という作品なのですが、今日の日経では表題のような下りが書かれていました。
この「平家」という作品は、これまでの平清盛観を覆すものなので、結構興味を持って読んでいます。従来の藤原摂関政治・律令体制を打ち壊す改革者としての平清盛像ですね。今までには少なかった視点だと私は思います。
久々に歴史の話を少し。
歴史上の人物を単純に善と悪に分けることは出来ないと思います。強いて善悪を分けるとすれば、それは一人の人物が行った行為についてであろうと思います。
しかもそれらの見方も各人によってばらばらであり、絶対的な善悪というのはなかなか区別出来ないと思います。
例えば、明の太祖洪武帝(朱元璋)を挙げてみます。
彼は裸一貫から至尊の地位へと上り詰めました。そして元朝末期の戦乱を収め、国家制度を確立し大陸に安定をもたらしました。
しかし一方では皇帝による独裁制をしき、丞相職や大将軍職を廃止し、功臣たちを次々と粛清しました。臣下の力が強大になるのを防ぎ、早期に叛乱の芽を摘む為です。
「蓋(けだ)し明の太祖は一人にして聖賢、豪傑、盗賊を兼ねたり」
清代の史家趙翼が洪武帝をこのように評したのも、これらの事実に基づいています。
前者では善人、後者では悪人と評すのは簡単です。
ですが彼の存在は、人を単純に善悪で捉えるのは難しいという事実を如実に物語っていると思います。
歴史は人々の物語といった側面も持ちますが、善悪と言う主観的な価値観を持ったままで人物を見るのは、歴史を学ぶ上で自ら視野を狭くしているのと同じで、とても勿体ないことだと私は思うのです。
自戒でもあるのですが、たまには一度、今までの思い込みをリセットするといったことも必要なようです。
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★今日のNHKで、石原莞爾が取り上げられていたので少し見ていました。
陸軍中将石原莞爾。
歴史上、評価が真っ二つに割れる人物の一人です。
関東軍参謀時代、柳条湖爆破事件に端を発する満州事変の首謀者として、満州国建国などを推進、後の軍部の独走の端緒を開いた人物として批判されながら、一方で中国大陸への侵攻に反対し、対米戦争の敗北を予言するなど、その軍事的な洞察力を絶賛する人もいます。
事の善悪は別にして、いかに敵である奉天派軍閥の総帥、張学良の非交戦の方針があったとは言え、わずかな期間で満州全土を制圧した彼の手腕は非凡であると言わざるを得ません。
ただ、確かに彼は天才とも言える存在だったのですが、彼の周りの人物が必ずしもそうでなかったのが、彼にとっての不幸であったのかもしれません。事実、軍部の大勢は石原の思惑とは別に戦線の拡大へと邁進していきます。そして、その軍部の暴走によってもたらされたのは、幾度もの戦火に見舞われて蹂躙され荒廃した我らが祖国でした。
結局、悪かったのは満州事変において軍部の独断専行の端緒を開いた石原莞爾だったのでしょうか?
それともその尻馬に乗って長期戦への泥沼へと突き進んだ軍部とその支持者たちだったのでしょうか?
答えは容易に出そうにありませんね。
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★今日、NHKで放送されていましたが、なかなか面白かったです。
特に今回は、当時の東アジア情勢や渡来人といった国際的な面も強調されていて興味深かったですね。
あと、蘇我馬子が大王をないがしろにする極悪人という定番の観方で描かれなかったのも良かったです。ご周知の通り、その後蘇我氏は大化の改新で族殺の憂き目に遭いますが(正確には族殺では無いのですが)、滅ぼされた家の人物が悪し様に書かれるのは、洋の東西を問わず良くある話ですからね。
戦国時代や幕末の華やかさに隠れて、あまり目立たない古代の日本ですが、出来ればこれからも意欲的に取り上げて欲しいものですね。
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